ウラガナ、がんばる!  その5「ウラガナ、哀しむ」の巻



 0079年十二月二十五日、ジオン公国軍宇宙要塞ソロモン陥落。
 ジオン国国軍総帥ギレン・ザビは、ア・バオア・クーと月要塞グラナダを
結ぶ最終防衛ラインを宣言したという。
 間違い無く、戦争は終局に向かいつつあった。


(でも、まだ我が軍が負けると決まった訳では有りません!)
 ウラガナ中尉は、シャワーを終えた後の上気した手を握り締めた。
(我が軍にはまだまだ戦力と、新兵器がたっぷり残されてますぅ!戦いは負
けると思ったら負けなんです!負けてないと思ったら負けじゃあないんです!)
 子供のような理屈を胸で呟きながら、ウラガナは濡れた髪を拭く。彼女は
この場でも、まだジオン軍の勝利を疑っていなかった。その小さな体に秘め
られた闘志はこの艦内において何者にも勝っていたかもしれない。
 と。
「……しっかし、アレだなぁ。マ・クベ大佐もすっかり落ち目だよなぁー」
(!?)
 ドアの向こうから聞こえた声に、ウラガナは目を見開く。どうやら廊下を
歩いている一般兵の話し声らしい。


「そうそう。キシリア様の懐刀なんて呼ばれてたのも昔の話さ。オデッサか
らこっち、たいした活躍も見せてないしな」
「ソロモンの援軍にだって、大佐がチンタラやってたから間に合わなかった
って言うじゃあないか」
「いくら地球で穴掘りが上手かったからって、肝心の戦場で働いてくれなき
ゃあなあ。俺、バロム大佐に乗り換えようかな」
「そっちの方が懸命かもな。はっはっ」
 そんな会話をしながら兵達が笑う。すると。
 ごげしっ!
「ぐぇぶっ!?」
 突如飛来してきた消火器が、兵士の後頭部に直撃した。
「だ、誰だっ!いきなり何を……!」
「何をじゃあありませぇぇぇんっっ!」
 ぼこっ、と、今度はシャンプーの瓶が顔面にぶつけられる。鼻先を押さえ
て兵士が顔を上げると、そこには烈火の如き形相で仁王立ちしている下着姿
の眼鏡をかけた女性兵がいた。
 やけに背の小さい女性兵は、大股で詰め寄ってくると怒鳴り散らした。
「あなた達は恥かしくないんですかぁっ!マ・クベ様は、これまでジオンの
為に一生懸命尽くされなさってきたのですよぉっ!その功績を忘れて、そん
な風に言うなんて、ジオン軍人失格ですぅっ!」
「な、なにぃ?」
「ソロモンに遅れたのだって、ちゃあんと理由がおありなんですっ!それに
一度や二度の失敗くらいが何ですかぁ!?マ・クベ様に比べてあなた達がな
にをやったっていうんですかぁ!マ・クベ様は、マ・クベ様は……っ!」
 目から涙を流して怒鳴り散らすウラガナの剣幕に、面喰らう兵士達。が、
やがて兵士の片割れが、もう一人に言った。
「お、おい。こいつ確かマ・クベ大佐の」
「!」
 肩を揺らして泣きじゃくるウラガナの顔を見て、兵士達は後じさりする。
「い、今のは、ただの噂だから……気にしないでくれよ?いやっ、お気に
なさらず!」
 そう言い捨てて一目散に去っていく男達には最早目もくれず、ウラガナは
一人涙を流していた。


 ジオン軍巡洋艦チベ。その司令室でマ・クベ大佐は新たに手に入れた壺を
愛でつつ、ウラガナ中尉の報告に返した。
「木馬をキャッチできたか」
 そう言って、司令席に座ったまま尋ねる。
「ウラガナ。私のギャンの整備はどうか?」
「はぁい。いつでも大丈夫ですぅ」
 どこか力なく答えるウラガナ。先程の兵士達の会話が、未だに耳について
いた。情けない。あんな会話が、マ・クベの乗るこの艦内でなされていよう
とは。これは、管理体制をしっかりと整えていなかった副官である自分の責
任ではないだろうか?だが、彼女にとってはその不甲斐無さよりも、目の前
でマ・クベを侮辱された事に対する怒りの方が大きかった。
 だがマ・クベはそんな彼女の様子に気付いた風もなく、壺を眺めている。
出所はウラガナも知らないが、相当の名品らしい。その壺を愛でつつ、マ・
クベは指示を下す。
「よし。エリア2まで進んでリックドム発進!
――私も、ギャンで出動する」
「はぁい……え、えぇぇっ!マ・クベ様がご出撃なさるんですかぁっ!?」
「そうだ」
 あっけに取られるウラガナに、マ・クベは目を閉じた。
「で、でも、でもでもでもぉ、マ・クベ様が自らお出になられる事はないと
思いますぅ!」
 ウラガナは狼狽した。そう、何せ相手はあの《木馬》部隊なのだ。我が軍
の名だたるエース、新型MS、MAを次々になぎ倒し、重要な戦局をことご
とく覆してきたこの部隊は、今ではニュータイプ部隊とジオン軍全てに怖れ
られていた。
 そのような相手に指揮官が直接出向くなど、ほぼ自殺行為である。まして
マ・クベは慎重で知られる男だ。迂闊とも思えるこのような行為をする男で
はない。
 もしや、マ・クベは兵達からあの様な事を言われている事を知って、この
ようならしくない行動に走っているのでは?
 ウラガナはそう案じて止めようとしたが、マ・クベは不敵に笑った。
「……あるのだな、これが」
「ふえぇ?」
「ギャンは、私専用に作っていただいた機体だ。キシリア少将に男としての
面子がある」
「!!」
 電流に打たれたような衝撃がウラガナにはしる。
 ウラガナは、彼が自らの上司であるキシリア・ザビに並みならぬ思いを抱
いている事には気付いていた。
 だが、その為に。愛する者の為、己の誇りの為、それまでに頑なに守って
きた自分の主義をかなぐり捨て、命を賭してまで、勝てるとも判らぬ強敵に
立ち向かおうとは。
 なんと気高い男なのだろう。なんと誇り高い男なのだろう。ウラガナ中尉
は、彼の心意気にひたすら感動していた。
「それに、シャアにはあの機体はまだ届いていないと聞く。奴の目の前で木
馬を――」
「ふええぇぇんっ、マ・クベ様あぁぁぁぁっ!」
「だぁっ!?」
 副官にいきなり抱きつかれて、マ・クベは取り落としかけた壺を必死で死
守する。
「マ・クベ様、マ・クベ様ぁ!ウラガナは一生マ・クベ様に着いて行きます
うぅっ!」
「来んでいいっ!」
 感涙にむせび泣くウラガナを引き離し、マ・クベは襟元を整えた。
「私は勝てぬ戦いはせぬ男だ。木馬に対する策も十分に計を嵩じてある。後
はあのガンダムだが……私が直接仕留めたとなれば、キシリア様もお喜び
になられよう。あのMS・ギャンならば不可能な事ではないのだよ」
「あーっ!それで、毎晩シミュレーターでこっそり訓練なさってらっしゃっ
たんですねぇ!」
「し、知っていたのか」
 見られたくない所を見られてしまっていたと判り、複雑な表情をマ・クベ
は作った。
「はぁいぃ!大丈夫ですよぉ!マ・クベ様なら必ずやガンダムを倒せますぅ!
 照れ隠しなのか、自分から視線を逸らしたマ・クベに、ウラガナは満開の
笑みを向けた。
「うむ。そういえば」
「なんでしょうかぁ?」
「……いや、なんでもない。そろそろ木馬が仕掛けてくる頃だ。私のスー
ツを持て」
 何かを言いかけ、しかし、マ・クベはかぶりを振って立ち上がった。
 ウラガナ中尉はいつものように「はぁい!」と明るく答えるのであった。


「ウラガナ、木馬の足を止めるのは任せたぞ。相手は一隻だが油断はするな
よ」
 ギャンに乗り込んだマ・クベは、チベの艦橋に控えるウラガナに言う。
「はぁい!マ・クベ様も、どうかお気をつけて!」
「ウラガナ、先程のことだが」
「はいぃ?」
「この所忙しかったせいか、貴様の入れた茶を久しく飲んでいなかったな」
 マ・クベの言葉に、ウラガナは二、三度瞬きをした。それから、ようやく
自分が何を言われたかに気づくと、心の奥底から湧き上がる感情を胸いっぱ
いに膨らませて、頬を染める。
「はぁいぃっ!最高のお茶を用意してお待ちしておりますぅっ!!マ・クベ
様ぁぁ!!」
「行ってくるぞ」
 そう言って、マ・クベは通信を切った。
 ウラガナは、通信を切る前に初めて――マ・クベが自分に微笑を作って
くれたような気がした。
 気のせいかもしれなかった。だが、たとえ気のせいだったとしても。ウラ
ガナにとって、それは最高に幸せな瞬間であった。


 そして、その数時間後、マ・クベ大佐は連邦軍のMSガンダムと一騎打ち
の末に散る事になる。
 しかしその様な結果を、この時のウラガナが知ろう筈も無かった。



次を読む


妄想工場へ戻る

動画 アダルト動画 ライブチャット