ウラガナ、がんばる!   その6「ウラガナ、目覚める」の巻



『もう、剣を退けぇっ!』
 開いたままの通信回線から、敵パイロットの声が聞こえてきた。
 彼は驚愕した。
 ――馬鹿な!
 これは子供の声ではないか。
 では、これまでに我が軍を苦しめ、戦局に亀裂を走らせたMSはひとりの少
年が駆っていたとでもいうのか?
 己が今の今まで、本気でやり合い、それでもなお押されている相手が、年端
もいかぬ子供だと!?
 ニュータイプ。人の革新、人類の新たなる道標。
 そんな言葉が彼の脳裏をよぎる。
 だが、お構い無しに少年の声は告げる。
『汚い手しか使えないお前は、もうパワー負けしている!』
 そんな憐憫すらこめられた声に彼は激昂した。
 痩せても枯れても、彼は軍人である。それ以前に男である。こうまで言われ、
誰が退けようものか。
 そして、彼には勝たねばならぬ理由があった。
「シャアを頭に乗らせぬ為には、ガンダムを倒さねばならんのだよ!」
 半ば自分に言い聞かせるように叫ぶ。
 操縦桿を操り、ビーム・サーベルを目の前の白い機体目掛け、突く。突く。
突く。斬り上げる。凪ぐ。払い返す。
 フィールド・モーター駆動、MSギャンはあくまで滑らかにガンダムを執拗
に襲う。
 だが当たらない。
 高出力のビーム・サーベルはことごとく空を切る。まるで、こちらの動きを
先読みされているかのようだ。
 そして、ガンダムは背中からもう一本のビーム・サーベルを抜き放った。両
の手に握った閃光の刃を、あたかも人間のごとくガンダムは華麗に操り――
ギャンのサーベルを素早く弾く。
「な、何だ!?」
 一瞬、謎のプレッシャーが彼を襲う。全く得体の知れぬ感覚であった。
 あるいは彼にもその『素質』があったのかもしれない。
 だが……今となっては遅過ぎた。
 ガンダムのふたつのビーム・サーベルが、体勢の崩れたギャンを挟み込むよ
うに捕らえたのだ。
 高熱の光が装甲を溶かし、中に食い込む。その衝撃はコックピットにも伝わ
ってきた。計器が悲鳴を上げ、モニターがぶれる。火花が散る。
 彼の脳裏に、これまでの様々な出来事が一気に駆け抜けた。
 そんな中で最も彼の脳裏に強く思い描かれたのは彼が想い続けた女性であった。
 どうか、不甲斐無い自分をお許しくださいませ。
 凛々しく才気溢れる女性将校に彼は謝罪した。
 そして、そんな彼女に捧げる予定であった壺の事が気がかりであった。あの
当代の名品を、さぞかし彼女は喜んでくれたに違い有るまい。
 自分の代わりに、あの壺を送って貰わねば。
 誰が適任であろうか?バロム、デラミン……。
 ――ああ、そう言えば、あれがいたか。いつも、幸せそうに傍らでで微笑
んでいる、己の副官が。とことん無能な副官だが、自分の言う事をいつもよく
聞いてくれた。きっと奴ならば必ずやキシリア様の元に届けてくれるだろう。
「ウラガナ!あの壺をキシリア様に届けてくれよ……」
 よいものなのですかぁ?いつものように、眼鏡の女性兵が、にぱり、と呑気
に微笑んだ気がした。
 全く、いつになれば目が利くようになるのだ、貴様は。
「あれは、いいものだ――!!」
 答えた時。目の前が急激に明るくなった。
 茶の入れ方だけは上手い娘であった。あいつが入れた茶を、自分はもう飲め
ないのだな。
 マ・クベ大佐は、少しだけ、それを残念に思った。


「……えっ!?」
 ウラガナ中尉は、ふと、何処からか呼ばれたような気がして顔を向けた。
 だがそこに誰も居よう筈が無い。窓の向こうにそびえているのは、コロニー・
テキサスの姿だけであった。
 今、ウラガナの愛する一人の男が戦っている場所。
 声は、その方向から聞こえた。
 確かに、聞こえたのだ。
「マ・クベ様?」
 そんな筈は無い。そんな筈は。
 だが彼女には何故かそれが確信できていた。
「うそ、嘘ですぅっ!」
 有り得ない。その確信を、彼女は無理矢理に否定した。
「どうしたのですか?中尉!」
 しきりに頭を振るウラガナは、オペレーターに尋ねられて我にかえる。
 今が戦闘中であった事を、思い出したのだ。
 敵艦ホワイト・ベースと、アステロイド、小隕石群を挟んだ膠着状態にあった。
 だが、こちらは巡洋艦三隻、敵は戦艦一隻。待ちに徹する道理は無い。
 そして、何よりも。
(早く、早く木馬を退けて、テキサスに救援を向かわせるんですっ!)
 ウラガナは胸の内で悲壮ともいえる思いを浮かべ、司令席に足を向けた。
 どかりとシートに腰掛け、モニターを見ている中年の将校に言う。
「デラミン艦長!戦力はこちらが圧倒的に有利ですっ!今の内に攻撃を
仕掛けるべきですぅっ」
 だが。デラミンと呼ばれた将校は「いかん」とウラガナを見もせず跳ねのける。
「敵は一隻とはいえ、大型戦艦だ。こちらがのこのこ出て行けば……」
 いつもの彼女ならば、そこで萎縮して黙っていたであろう。しかし、
ウラガナはあくまで退かなかった。
「でもでもぉ、こちらはバロメルが攻撃を受けていますぅっ!バロメル
が運用できる今の内に動くべきですぅっ!」
「ウラガナ中尉……君はマ・クベ大佐の下に長年いて何を学んだのだ、
アーン?」
 鬱陶しそうに、デラミンは三つ編みの女性士官を睨み上げた。それから、
たるんだ頬の肉を吊り上げ、言葉を続ける。
「間も無くバロム司令の艦がここに着く。それまで待つ」
 危険を避け、より確実な方法で敵を撃つ。少しは先を見通した戦術と
いうものが理解できたか、小娘?そういう笑いをデラミンは浮かべた。
 しかし。
「そんなの……そんなの全然マ・クベ様の考え方じゃありませぇぇぇ
んっっ!」
「な、何ぃ?」
 いきなり声を強めるウラガナにデラミンはまぶたを広げる。この娘、
こんな声が出せたのか?ウラガナは唇を引き結んで彼を正面から見据えた。
「マ・クベ様の事をなんにも判ってないのは、あなたの方ですぅ!マ・
クベ様なら、けっしてこの勝機を逃したりはしません!そんな臆病な考
えでみすみす敵に策を練る時間を与えてどうするんですかぁ!?
援軍が必ず来る保障なんて、どこにもないんですぅ!マ・クベ様を只の
慎重な方だと思ったら大間違いですよぉっ!」
 ばしぃっ!
「きゃあっ!?」
 痛みとともにウラガナはブリッジの床に倒れこんだ。席を立ち上がった
デラミンが、平手でウラガナの横面を叩いたのだ。
 たかが十代の小娘に、ここまで侮辱されるなど、将校たる彼にとって
あってはならない事であった。
 しかしウラガナは倒れた姿勢のままで、あくまで抗議の姿勢を崩さない。
「考えても見てくださいぃ!こちらと同様に、敵の援軍が来る可能性だ
ってあるんですよぉ!?なんでそれが思いつかないんですかぁ!?」
「っ!?」
 指摘されて、デラミンは初めてその事に気付いた。
 だが、今更そんな事を認めてたまるか。
「だ、黙れ、この小娘が!」拳を震わせて、唾ごと怒鳴る。「今度へら
ず口を叩いてみろ――営巣にぶちこんでやる!」
 駄目だ、この男は。ウラガナは鼻息を荒くして、椅子に身を預けるデ
ラミンから目を背ける。
「あっ、中尉、どこへ?」
 立ち上がってブリッジを後にしたウラガナ中尉へ、兵士が尋ねた。
「ほうっておけい!」
 デラミンは吐き捨てるように言う。後でたんまりと処罰をくれてやるわ。
 今考えると小娘のわりに、出ている部分は出ているようだった。ふん、
と鼻息一つ吹いて、デラミンは彼女への『処罰』に考えをめぐらせる事にした。


 ドアを開けると、ウラガナはマ・クベの司令室に入った。
 そして、机の上にある壺を大切に抱えると、棚の中にあった箱にしまい
込む。
 おそらく、このチベはやられるだろう。あの木馬に。
 不思議とそんな不謹慎な予想をウラガナはすんなりと受け入れた。
 テキサスに援軍を向かわせる事は、もうかなわない。
 だがマ・クベはきっと生きている。そうウラガナは信じる事にした。
 そう思わねばならなかった。
 ならば、自分の責務はたった一つだけである。
 ウラガナ中尉は壺の入った箱を抱えてデッキへ向かった。


 ノーマル・スーツに着替えるのに手間取っている合間に、何か敵に
動きがあったのか。艦内が慌ただしくなっていった。
 だがウラガナにとって、それは好都合だった。
 格納庫の奥に、一機だけ残っているくたびれたザクのコックピット
に入り込むと、ウラガナは箱を抱きしめた。
「マ・クベ様……ご安心くださいぃ。ウラガナは必ず、キシリア様
に壺をお渡しいたしますぅ!」
 本当は、マ・クベと共に戦うときが来るかもしれないと、訓練して
いたMS技能であったが――よもやこのような形で役立つ事になろ
うとは。
 ハッチのロックはあらかじめ手動で開けてある。兵達の幾人かは当然
気付いている筈だが、ここまで来ればもう遅い。
 ウラガナの乗ったザクはマニピュレイターでハッチをこじ開けると、
宇宙空間にふわりと飛び立った。
 艦の針路とは逆に飛んで隕石の後ろに隠れると、ウラガナはザクの
動力を切って、しばらく潜む。
 もうしばらくして、幾条もの光が交錯し始めた。艦隊戦が開始され
たのだ。
「木馬の勝ち……ですぅ」
 ウラガナは表情を変えずに呟く。
 その予測が当たる事は、しかし、彼女にとって最も認めたくない事
であった。
 彼女のその奇妙な予感は、マ・クベの死を何よりも早く察知してい
たのだから。



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