ウラガナ、がんばる! その3「ウラガナ、すくむ」の巻



ランバ・ラルが戦線に復帰する事はなかった。ジオン軍中にその名を
轟かせた《青い巨星》は――連邦軍の新型兵器部隊の前にその身を散
らせたのである。そして撤退命令が出ていたにも関わらず、生き残りの
部隊も玉砕に近い作戦を敢行し、結果、返り討ちにあった。ジオン屈指
の部隊であるランバ・ラル隊はこうして全滅した。
 そして、その事実は遂に地球方面を統括しているキシリア・ザビ少将
旗下きってのエリート部隊を動かす事となった。


 細く、小さな煙が風に流され、消えていった。だがそれは軍事基地内
の硝煙にしては、どこか風靡な香りを匂わせた煙であった。地面に置か
れた紫の細長い棒の穂先に点いた、赤い火から流れている煙だ。
「ラル大尉、ハモンさん……やすらかにお眠りくださいぃ」
 その前に屈んで手を合わせているジオン士官服を羽織った人間がいた。
十代も半ばほどだろうか。黒髪を三つ編みに結った、黒斑眼鏡の女性兵
であった。これといって見目麗しいという器量ではないが、太い眉とそ
ばかすが個性といえばそうなのか。
 ウラガナ中尉は、立ち上がって顔を上げた。
 その目線の先には、金属の塊が仁王立ちしている。MS−09ドム。
今でこそ黒色に塗られているが、本来ならランバ・ラルのパーソナルカ
ラー……青に塗られていた筈の機体である。そう。本来ならランバ・
ラル大尉の部隊に回される筈だったMSなのである。だが、その要請を
ドズル派とキシリア派の違いというだけで消し去ったのは他ならぬ自分
達なのだ。
 だが他にどうしようがあったというのだろう。自分が尊敬し、敬愛す
るマ・クベが下した決断に逆らうなどウラガナには出来はしない。何よ
り彼女にとってマ・クベは単なる上官以上の存在であったのだ。
 それでも、どうにか画策し生き残り部隊に使い古しのマゼラ砲とザク
を回す事は出来たが――マ・クベにそれを知られ、ひどく叱責を受け
てしまった。
 そんな自分のした行いも、結局は無駄であったようだ。いや、なまじ
自分が半端な補給をしたために、かえって彼らに無謀な作戦を強いさせ
てしまったのではないか?
 そんな思いを含みながら、ウラガナはドムを見上げていた。
 だが。
「おい、お前!そこで何をやっているんだ」
 そんな野太い声が、後ろから響いてきた。
「……は、はい?」
 咄嗟に振り向き、そして、ウラガナは固まった。
 そこに、三人の男がいた。それも、とてつもなく巨大な。びく、と後
じさって、首を振って目を擦る。
 恐ろしく巨【おお】きく見えたのは、気のせいだったようだ。いや、
先ほど錯覚したドムに勝るとも劣らぬ巨躯よりは小さかったものの、間
違い無く彼らの体は並外れて大きかった。
 上背がある。幅も厚みもある。そしてなにより、彼ら自身から放たれ
る重厚な威圧感が彼らを巨大に見せていた。
「し、失礼しましたぁ!私、この基地のマ・クベ司令の副官、ウラガナ
中尉と申しますぅ!」
「ほぉう。貴公が司令のか」
 と、顎鬚をたくわえた男がジロリとウラガナを見下ろす。
「うん?なんだぁ、そりゃあ」
 三人の中で最も背の高い男が珍しそうに煙を出す棒を見た。
「あっ、あの、それは、お香ですぅ!」
「オコウ?」
 片目に傷を負った男が、腕を組んだままで尋ねる。ウラガナは、「は
いぃ」と舌足らずに彼らに言う。
「これはですねぇ、東洋の慣習でしてぇ、線香と言いますぅ。死んだ人
の魂を安らかに眠らせる物なんですよぅ」
 と、彼女は説明したが、実際ウラガナの炊いているそれは中国の香で
ある。スペースノイドの彼女にとっては同じ様な物なのかもしれなかっ
たが……。
「おいおい、縁起でもない事をしてくれるな。こいつは、今から俺たち
が乗るMSなんだぜ」
 堪りかねた様にウラガナを睨む大男。それはそうだ。パイロットは古
来、験を担ぐ物である。そのような不吉な事をされてはたまったもので
はない。
「ちっ、ちちちち、違いますぅ!これには、訳がぁ!」
 ウラガナは半泣きになると、必死でこのドムとランバ・ラルのことに
ついて説明した。無論、マ・クベ司令の画策はそれとなく隠したが。す
ると三人の男は合点が言ったように頷いた。
「ランバ・ラル、か。確かに惜しい男を亡くしたもんだな。奴の死はジ
オンにとって大きな痛手だ」
「ヘッ、だがよ、安心しな。俺達が必ずや仇はとってやるぜ。このドム
でな。なぁ?」
「おうさ」
 そんな彼らであったが、どうも先程からチラチラとウラガナを見やっ
ている。別に今の誤解とは関係が無いようだ。
「あ、あのぉ、何か?」
 おずおずと聞くと、顎鬚の男が代表するように
「……いや、妙な格好をしているもんだと思ってな」
 と気まずそうに言ってのけた。
 その言葉にウラガナは木綿製の白地の半袖、紺のパンツ姿の上に前を
開けた仕官服を羽織った姿のままで、にぱっ、と笑顔を作った。
「あぁ、これはですねぇ、東洋に伝わる伝統的な運動着だそうですよぉ。
えーっと、“ぶるまぁ”っていうらしいですぅ」
「うむ。だが寒そうだな」
「仕方ないんですぅ。これも罰則ですからぁ」
 なぜか、ウラガナは少しだけ彼らの態度が穏やかになっている気がし
た。
(そう言えば、マ・クベ様が言っていましたねぇ。これを着ていれば自
ずと基地内の士気を高める効果があると……本当ですぅ!さすがはマ
・クベ様!東洋芸術の神秘ですぅ)
 なにか勘違いした感動を胸にしていると。ウラガナは「あぁ――っ
!」と叫んだ。彼らの黒いノーマルスーツと言動に、今更ながら気づい
たのだ。
「あ、貴方がたはもしかして……く、《黒い三連星》ですかぁ!?ガ
イア大尉、マッシュ中尉、オルテガ中尉ぃ!」
 言われた彼らはどこかこそばゆそうに互いの顔を見回した。
「おい、聞いたか?マッシュ」
「ああ。俺たちもまんざら捨てたもんじゃあないらしいぜ」
「ははは、ま、ていの良い便利屋扱いだがな」
 正体を知ってウラガナは、ようやく彼らから滲み出る空気に納得がい
った。《黒い三連星》。連邦軍の総大将、レビルをルウム戦役で捕虜に
したエース中のエース。前線にとどまりたがるあまり、佐官になる事を
自ら拒否しているという――。
 ランバ・ラル大尉に勝るとも劣らぬその気迫。ラルがどこか泰然とし
た物で有れば、彼らは攻撃的な闘争の匂いが強いかも知れない。
 粗野に笑い合う三人に、ウラガナは勇気を持ってはだけた軍服から手
帳を取り出した。
「み、皆さん……お願いがあるんですぅ。これにぃ、サインをお願い
できませんでしょうかぁ?」
 と、小さな手に握られた手帳とペンを見、黒い三連星は訝しげな表情
を作る。
 と、突然クルリと後ろを振り向いた。
「あ……?えっ?あの?」


 《黒い三連星》部隊の隊長、ガイア大尉は小声で仲間に呟いた。
「聞いたな……今のを?オルテガ」
「おうガイア。お、俺ぁよ、あんな若い女と口を聞くだけでも久々だっ
てのに」
「馬鹿野郎、うろたえるな!マッシュはどうだ?俺たちと組む前は?」
「言うなよ……涙が出らぁ」
 しみじみと言う戦友達。三人は絆を高めあうように、肩を叩きあった。


 何か哀愁を漂わせている三人に、ウラガナは目をぱちくりとさせ呆然
と立ちすくんでいる。
「あ……や、やっぱり失礼でしたかぁ?」
 びくびくしながら聞いた途端。
 ザシャア!
 三人が、全く同じタイミングで振り返った。その鬼気迫る気迫にウラガ
ナは思わず後じさる。
「す、すすす、すみませんっ、すみませぇん!やっぱり取り消し……」
「中尉、手帳を開けて、俺たちのほうに向けてくれ」
「ふ、ふぇえ?」
 弾かれたように。ガイアに言われるまま、ウラガナは手帳の空いたペー
ジ開ける。
「こ、こう……でしょう、かぁ〜」
 指先でつまんで開いたウラガナに、ガイアは「よぉーし」とうなずいた。
 そして、高らかに宣言する。
「マッシュ!オルテガぁ!」
「「おぉう!」」
「えっ!?えぇっ!?」
 ガ  カ  カ  ア  ァ  ッ
 ウラガナには、咄嗟に何が起こったか全く判らなかった。
 ただ一瞬、三つの影が一列に交錯し――そのまま、疾風の様に自分の横
を駆け抜けていった、とだけしか感じ取れなかった。
 そして、いつの間にか目の前に立っていた三人の大男が姿を消していた。
ウラガナはへなへなと、その場にへたり込む。
「立てるか、中尉」
 数秒経って、後ろから声がした。ガイア大尉だ。
「は、はぁいぃ〜」
 目を回しながら、どうにか立ち上がるウラガナ。そして手帳に目を落とし、
驚愕する。あの瞬時に、見事に三つ並んだサインが記されているではないか。
(こ、これが、『あの』……!?)
「地上だろうが、MSが変わろうが、生身だろうが俺達の連携に狂いは無い」
「どうだ?中尉」
「少しは面白かったろ」
 戦慄するウラガナを余所に、男達は口々に言った。
「は、はぁい!凄いです!大感激ですっ!このサイン、大切にしますぅ!」
 子供の様にはしゃぎながらウラガナは、ポケットからまた何かを取り出し
て三人に渡す。
「……これは」
「東洋のお守りですぅ!とぉってもご利益があるってマ・クベ様が仰ってま
したぁ!」
 屈託の無い満開の笑顔を見せるウラガナ。《黒い三連星》はそっけなく礼
を言うと、手渡されたお守りを懐に入れる。
 わずかにその手に力が入っている事に、ウラガナが気付こう筈も無かった。

                   *

「貴公等が《黒い三連星》か?」
 マ・クベ司令は、ドムの前に立つ男達に声をかけた。
「一個師団にも匹敵するといわれるその力、存分に発揮してもらうぞ」
 相手が勇士だろうと、彼には関係無い。あくまで尊大にマ・クベは言う。
 と。
「だぁっはっはっは!まぁ、任せておけ!」
 三人の大男は、とてつもなく明るい表情でマ・クベに振り向いた。
「シャアと我々では訳が違うて!なぁ、お前達!」
「おうよ!」
「俺達のジェットストリームアタックをかわせる奴なんていやしねぇ!」
 浮かれながら、バシバシとマ・クベの体を叩く三人。
「な、何をするかっ!?」
 抗議するマ・クベなど全く眼中に無いといった風に、《黒い三連星》は
ドムに向かう。
「行くぞ、マッシュ、オルテガ!出撃だっ!《黒い三連星》っ!えいえい
……!!」
「「おぉ――っ!!」」
 意気揚揚と発進するドムの後姿を、呆然と見送るマ・クベ。
「ま、まあ、士気十分な様で何よりだな」
 土埃を払うマ・クベの後ろに控えるウラガナは、彼ににぱり、と微笑んだ。
「はぁい!これもマ・クベ様の手腕の賜物ですよぉ〜!」
「……私の?」
 相変わらず理解不能な己の副官に、マ・クベ大佐は首を傾げた。


 誰も知る者はいなかった。
《黒い三連星》がウラガナに手渡されたお守りには、それぞれ『交通安全』
『安産祈願』『試験合格』と記されていたという事を――。



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