パイロット達の誇り



「起床―――――――――ォ!!」
 薄ら寒い早朝の空気を震撼させる怒鳴り声と共に、カート・ゴントレット伍長
は毛布を跳ね除けてベッドから飛び降りた。
「チンタラやってるんじゃあないっ、三十秒で寝床の始末をしろと何度言わせり
ゃ判るんだっ!」
 まどろむ若者達を蹴飛ばしながら、中年の男は部屋中をのし歩く。カートは乾
いた眼球を擦る間も無く必死になってシーツの裾を揃えにかかる。もうロデオ曹
長の拳骨を貰うのは御免だった。
 寝具の整理を済ませると、少年達は手早くベッドの前に整列する。
「遅いっ、十一秒オーバーだ!これが作戦行動ならどうなっていると思う?貴様
等のみでなく友軍も巻き添えで全滅だ、このウスノロども!」
 腕時計を指して中年の兵士――ロデオ曹長は容赦なく少年達一人一人に往復ビ
ンタを見舞い「全員その場で腕立て伏せ百十回!」と言い加えた。
『イエッサー!』
 兵舎にいたカート以下五人の少年兵達は一斉に床に手をついて、腕立て伏せを
開始する。
「終わった者から外に出てランニング!最も遅い者は更に腕立て百回追加だっ」
『イエッサー!』
 冗談じゃあない。何でこんな事をしなきゃならないんだ?カートは腕を屈伸さ
せながら、胸中で呟いた。
(俺は――MS【モビルスーツ】パイロットなんだぞ!)


 宇宙世紀0079年十月。コロニー国家・ジオン公国が地球連邦政府に独立戦
争を挑んでから十ヶ月余りが過ぎていた。
 電子機器を無力化するミノフスキー粒子と機動兵器MS。これらの発明によっ
て国力差を物ともせずに連邦軍を押していたジオン軍ではあったが、戦闘が長引
くにつれて次第に国力不足を露呈し苦戦を強いられていった。資源、財政――そ
して人材面でも。そんなジオンが若い学生を兵士として徴用する事となったのは、
当然の成り行きと言えた。
 カートもまた、そんな学徒兵のひとりであった。だが彼は自主的に軍に入った
志願兵であった。長い間コロニーを虐げ冷遇し続けた傲慢な地上人どもを、MS
で蹴散らしてやる。悲願適ってMS適性検査をパスし、MS訓練学校に入る事が
出来た。そこでの成績もけして捨てた物ではなかったし、特に射撃技術において
は常に上位をキープしていた。かくして訓練学校を卒業したカートは、意気揚揚
と地上に降り立ったのである。
 それが。
「すっトロいぞ、このナメクジども!貴様らの足は飾りモンかっ!?」
『イエッサー!』
 五名のパイロット達は汗だくになってロデオ曹長の号令の下にひた走る。塹壕
や壁を飛び、這い蹲り泥まみれになって障害物を乗り越えて駆けて行く。
 その後には白兵戦訓練、ナイフの使い方、小銃による射撃訓練、またランニン
グ……こんな調子の肉体訓練が、もう一週間近く繰り返されていた。MSの訓練
と言えばシミュレーション・マシンを数時間弄らせて貰える程度である。
 地上に降りてザクを乗り回し、エースパイロットとして名をあげる予定が……
MSに触ることすら出来ないとは!
「マヌケがっ、余所見をするな!」
 ふと曹長の檄が飛ぶや否や、拳がカートの頬を弾いた。
「女みたいな生っ白い小僧が大した余裕だな!連邦野郎に捕虜にされてケツから
掘られたいのか!?どうなんだッ」
 軍服の胸倉を掴まれ持ち上げられたカートの鼻先に、ヤニ臭い息が吹きかけら
れる。物凄い力で締め付けられながらも、カートはありったけの声を搾り出した。
「い、いえ……申し訳有りませんでした!」
「腕立て五十回で勘弁してやる!ありがたく思え!」
(少しもありがたくなんかねえよ、このクソ曹長!)
「なんだその目は?文句でも有るのか!?」
「い、いえ!やらせていただきます、サー!」
「もう二十回追加だ。喜べオカマ野郎!」
「ありがとうございます、サー!」
  直ちにカートは本日五百七十回目の腕立て伏せを始めた。歯を食いしばりつ
つ。


 一日の訓練が終わった後の食事の時間は、当然の如く不平を吐き出す時間とな
っていた。
「畜生!いつまでこんな歩兵みたいな訓練を受けなきゃいけねえんだ!」
 コップを乱暴にテーブルに置くと、部隊の中で一番大きな体を持つ男、ジェド・
ヤクシュ伍長が吐き捨てた。
「全くだぜ。俺達は訓練生でもない、れっきとしたパイロットだってのにな。そ
れもここの訓練のキツさときたら、訓練学校が老人ホームに見えるくらいだぜ」
 肌の黒いエルヒカ・クリプ伍長が、堅いパンを食い千切りながら言う。
「僕達に手柄を与えたくないのさきっとそうだそうに決まってる見てろよあの爬
虫類野郎め」
 ブツブツと呟きながらフォークを齧っているのは、アリスン・へガー伍長。
 カートもソーセージを齧りながら愚痴った。
「俺なんか腕立てのし過ぎで腕がまともに上がらねえよ」
「お前は教官のお気に入りだからな。せいぜいケツにゃ気を付けな、おカマ野郎!」
 と、ジェドがせせら笑ってジェスチャーしたので、カートは返した。
「何か言ったか?デクのぼう」
「あぁ!?ンだとぉ?」
 テーブルから立ち上がる二人の間に長髪のハック・ラック伍長が「まあまあま
あ」と割って入った。いつもの軽薄な仕草で髪を撫でると、懐からトランプ束を
取り出す。
「ジェドもカートも落ち着けよ。こういうのは穏便にカードで決めるのが一番だ
ぜ?な、お二人さんよ」
「てめえはポーカーやりてえだけだろが」
 ハックに半目を向けるジェドに対し、カートは「俺は構わないぜ」と眉を上げ
た。
「逃げるのか?デクのぼう」
「なんだぁ?上等じゃねえか、座りやがれ!負けたほうがスクワット千回だ!」
 睨みあう二人に、ハックがしたり顔で叫んだ。
「よっしゃ。おおい、カードやる奴集まれ!賭ける物はそれぞれ自由でいいぞ!」
 ここぞとばかりにはしゃぐギャンブル好きの同僚を見て、カートとジェドは釈
然としない表情をそれぞれ浮かべるのだった。


「五百四十二、五百四十三。ホラどうした?ペースが落ちてるぞ」
 兵舎に戻って、就寝時刻までの僅かな自由時間を楽しんでいる銘々の横で、や
けに暑苦しい息切れが聞こえる。腕を頭の後ろに組んで、汗だくになりながら必
死に屈伸を繰り返しているジェドに、カートは意地悪く罵声を浴びせた。
「ちっくしょ……!」
 途中まで勝っていながら、土壇場でフルハウスを出されて逆転を決められたジ
ェドは、軋む大腿筋に顔をしかめた。
「全く、悪運のっ、強い、野郎、だっ!」
「喋ると余計疲れるぜ、ジェド」
「うる、せえっ!」
 タフなチームメイトに舌を出したカートだったが、ふとあるベッドに仲間たち
が集まっているのに気付く。
「おい……マジかぁ?」「どうなるんだよ一体」「ヤバいだろこれぁ」
 ざわめく仲間達に興味をそそられたカートは「どうした?」と顔を出す。
 カートに気付いたエルヒカが、手にした小冊子を開いたまま渡してきた。それ
を見るなりカートの顔がパッと明るくなる。
「お、ジオン新報の最新号じゃんか」
 “ジオン新報”とは、ジオン軍の戦況やエース・パイロット達のニュースなど、
兵士の士気を高める情報が書かれている軍発行の機関紙である。特に若い兵達に
人気が有り、カートもジオンの電撃的快進撃の記事を訓練学校で見て胸躍らせた
ものだった。
 だが、エルヒカは片眉を不機嫌そうに上げると、ここを見ろと記事の見出しを
指し示した。黒い指でなぞられた部分を、カートは声を出して読んでみる。
「ン?なになに……『地球方面軍総司令官ガルマ・ザビ大佐、戦死す』……な、
何ぃぃっ!?」
「うるせえいきなり声出すな」
 アリスンが耳を抑えるが。お構い無しにカートは読みふける。
 ジオン軍は大きく分けて三つの軍勢に分かれている。宇宙攻撃軍、突撃機動軍、
そしてカート達も所属する地球方面軍。その司令官にはジオン公国公王デギン・
ザビの一族がそれぞれ就いており、ガルマ・ザビもまた若干二十歳ながらにして
地球方面軍を任されたエリートであった。そのジオンの象徴とも言うべきガルマ
大佐の訃報――この事実は多くのジオンの人間を震撼させた。
「『ガルマ大佐は北米大陸ニューヤーク市街に於ける作戦を指揮中の際、連邦軍
の卑劣なる奸計にかかり、奮闘空しく撃破されたと報告されている』か」。
「な、なあ。ここ、どう思うかなぁ」
 部隊一肉付きのいいプラーク・ダニガン伍長が呑気な口調で紙面を読み上げた。
「えっと、『一説によれば、この戦闘に於いてかねてより噂されていた連邦軍製
MSの暗躍が噂されており』――あれ?」
 読んでいる途中で、ごつい骨太の手が伸びて、プラークの手からジオン新報を
もぎ取る。
「や、やあジェド。もう千回終わったのかい?す、凄いね」
「黙ってろ丸豚」
 顎先から汗を滴らせながら、ジェドは睨みを聞かせてプラークを黙らせた。疲
労のせいで声音に精彩は欠けていたが、込められた覇気は十分だ。
「どうでもいいけど顔くらい洗って来いよ。汗で紙がヨレるだろ」
 ハックを同じく睨んで黙らせると、ジェドは他の四人を見回して言い放った。
「どいつもこいつもギャーギャー騒ぎやがって。たかだか一人の人間が死んだだ
けだろうが、あぁ?しかも言うにことかいて連邦のMSだと?ンなもんが有るわ
きゃねーだろがっ!失敗した奴が言い訳でぬかしたホラに決まってらぁ。そんな
ことでいちいちビビッてどうすんだよ!俺達ゃあ、無敵のジオンMSパイロット
なんだぜぇっ!?」
 獣が吼えるようにジェドが一括すると、その場にいた全員が静まり返った。や
がて、カートは口元を歪めてジェドを見た。
「お前もたまにはいい事言うんだな、デクのぼう」
「ケッ、お前に言われたかあないんだよ。このオカマ野郎」
 そして、誰ともなく顔を見合わせて笑い合ったが――これからの地球における
戦闘がより過酷になっていくであろう不安は、誰の胸からも払拭はできなかった。
 次の日の、夕刻までは。


 東ヨーロッパ方面駐屯第四機械化混成大隊の面々は、早めの夕食の後、基地施
設のグラウンドに集合していた。ジオン本国よりの特別放送が地球全域に至るま
で流されるという。グラウンドに設置されたスクリーンには今まさにその放送―
―ガルマ・ザビ中将(二階級特進)の国葬の様子が映されていた。
「ったく、小僧っ子一人におめでたいこったぜ」
「この予算で、どれだけの補給が出来ると思ってるんだ」
 呟く周囲の兵士達に、カートも同意した。そう。こんな儀式などよりも、もっ
とするべきことがあるのではないのか。これではまるきり軍の私物化だ。そんな
不平とともにスクリーンを睨んでいた。
 丁度画面ではザビ家の長男、ジオン公国軍総帥ギレン・ザビが映し出されてい
た。
(これが俺達の総帥か)
 スクリーンにアップで映し出される顔に、カートは押し黙る。並外れた知性の
中にも凛とした気概を持つ、今までに彼が出会ったことの無いタイプの顔がそこ
にあった。その強烈な意思がスクリーンを越えて伝わってくるような感覚にとら
われ、息を飲む。サイド3の国葬会場で巻き起こる歓声を浴びながら、ギレン総
帥は壇上に上がると、はっきりとした力強い口調で語りかけるように演説を開始
した。
『我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?
否!始まりなのだ――!』
 ギレン・ザビ。三十代前半の若さでジオン公国軍の全権を委任されている希代
の天才軍人。ミノフスキー粒子とMSによって既存の戦略戦術が大きく変化した
とはいえ、今日までジオンが戦闘を継続できたのは、ひとえに彼の采配の賜物で
ある。現時点でのジオンの優勢は彼の頭脳なくしては考えられぬ物であった。ま
さにジオン随一の英傑と言って過言ではないだろう。
『新しい時代の覇権を我等選ばれた国民が得るのは歴史の必然である。ならば、
我等は襟を正し、この戦況を打開しなければならぬ……!』
 露骨な迫害、与えられるのは僅かな物資と貧弱な設備。地球連邦の無秩序な統
治によって辛酸を舐めさせられてきたジオン――サイド3の民にとってギレン総
帥はまさに救世主であり、事実そのモニターに映る威風堂々たる姿は、それに恥
じぬたたずまいだった。
 しかし。皆が彼の演説に引き寄せられていく中、僅かながら複雑な表情を見せ
ている兵士も存在した。
(上手い演説だ)
 カート達新卒パイロット部隊の指揮を任されている男、ロデオ・ピックマン曹
長もまた、そんな兵士の一人であった。
『諸君の父も、子も、その連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ。この悲
しみも!怒りも!忘れてはならない!!』
 曹長は横目で部下達に視線を投げる。案の定、若者達は総帥の演説に浸りきっ
ていた。ジェド伍長など柄にも無く涙ぐんでさえもいる。しかし曹長は彼らを責
めたりはしないし、単純だと笑いもしなかった。やはりな、と思っただけである。
ジオンのみならず、コロニーに生きるスペースノイドならば、誰もが地球連邦に
対する潜在的怒りは抱えている。それの奮起を誘発させるためのギレン総帥の演
説を聞いて同調しない方がむしろおかしいと言うべきだ。ロデオとて彼の演説に
反論は無い。この演説は宇宙、地球方面全てのジオン軍人のみならず、サイド3
の国民全員の士気をも上げる事となるだろう。加えてガルマ・ザビはそのルック
スや人柄で、国民に広く愛されてきたアイドル的存在だったのだから。
『国民よ、立て!怒りを悲しみに変えて、立てよ国民よ!我等ジオン国国民こそ、
選ばれた民である事を忘れないで欲しいのだ!
優良種である我等こそ、人類を救い得るのである!』
 語り終えると同時にギレンは『ジーク・ジオン!!』と拳を高く掲げ叫ぶ。
 それを引き金にするかのように、今まで押し黙って演説を聞いていた将兵達が
グラウンド中に渦巻く「ジーク・ジオン」の雄叫びを上げた。怒涛のように鳴り
響く歓喜と闘志の咆哮にロデオも続く。
 おそらく今、この叫びはこの宇宙のいたるところに響き渡っているに違いない。
ともすれば軍全体が失意に包まれかねなかった地球方面軍総司令官の戦死を、か
くも見事にプロパガンダとして利用する。ギレン・ザビはその用兵のみならず、
政略においても非凡なる物を持っているようだ。ロデオ曹長は彼の才覚を改めて
思い知った。
(――だが)
 そう胸の内で呟いてからロデオは首を振って考えを消した。戦意高揚のためと
はいえ、自らの弟の死をも利用してのける総帥に対して不信感を覚えるなど、ジ
オン兵士としてあってはならないことだった。だから彼は、
(俺が甘い……のだろう、な)
 そう自分に言い聞かせ、明日の新兵達の訓練内容に思いを馳せる事にした。
 沈む夕日に照らされ、突き上げられたジオン兵士達の拳は、いつ降ろされると
も無く、高々と突き上げられていた。


 次の日の新兵達は、ロデオ曹長が文句も言えないような一糸乱れぬ起床を見せ
た。ランニングもいつもより気合が入っており、全員の眼差しから闘志が溢れ出
すようである。先頭を走るロデオ曹長は少年達のそんな顔を振り向いて確認する
と、言った。
「喜べ青二才ども!今日からメニューにMS訓練を追加する!俺の後について来
いっ!」
(やった!)
 カートは待ちに待ったその言葉に顔を輝かせた。地上に降りてから一度も触れ
ていない MS……あの懐かしのコックピットに、ようやく入れるのだ!一瞥する
と個人差は有れども誰もが似通った表情をしていた。皆、昨日の総帥の演説に燃
えていたのだから。
 そしてMS格納庫の中に入った途端、彼らの興奮は最高潮に達した。
 列をなして、18メートルの巨兵が立っている。ああ、ザクだ!実に一週間ぶ
りの緑の巨人に、カートは白い歯を見せた。
「貴様ら、何をボサッと突っ立っているんだっ!使い古した俺のパンツを喉に詰
め込まれたいのかっ!」
『イエッサー!』
 檄を飛ばされて彼らは即座に整列した。さすがに毎日こればかりやらされてき
ただけあって、整列は素早い物だ。
(とうとう出撃が近いって事か。俺に支給される機体はどれなんだ?地上とコロ
ニー内じゃ重力下でも勝手が随分違うっていうから、気合を入れてかからないと
な!)
 固めた表情の下で期待に胸を膨らませていると、曹長が「オカマ野郎!」と怒
鳴ってカートの心臓を停止させた。
「イエッサー!」
 反射的に返事を返すと曹長は手を後ろに組んだまま顎でザクを指し「あれは何
だ?」と聞いた。カートは直立姿勢のまま応対する。
「ザ、ザク陸戦型!形式番号MS−06Jであります!」
「カス間抜け役立たず!」
 途端に曹長は仇に向けるような声音でカートを怒鳴り散らした。
「そんなモンは幼稚園の赤ん坊でも言えるぞ、このタマ無し!貴様の訓練学校は
何処だ?保育園か?指導教官は瓶底眼鏡の保母さんか!?オムツを履き直して出
直してこい、このハナ垂れがっ!」
 罵詈雑言を唾とともにカートに浴びせてから、ロデオ曹長はエルヒカを指差し
た。
「おいっ、コーヒー顔!答えてみろ!」
 エルヒカは「イエッサー!」と返事をしてから、
「形式番号MS−06J、ザク陸戦型!全高18.0m、頭頂高17.5m!本
体重量49.9t、全備重量70.3tであります、サー!」
「ジェネレーター出力は?」
「97,6KWであります、サー!」
「総推進力は?」
「45,400kgであります、サー!」
「装甲は何だっ?」
「超硬スチール合金による多重空間装甲【ハイブリッド・アーマー】であります、
サー!」
 一通り聞き終わってから曹長はエルヒカを暫く睨みつけ、やがて鼻を鳴らす。
「良しっ。オカマ野郎、これが軍隊式の答え方という物だ!お前のママさんは教
えてくれなかっただろうがな!」
「申し訳有りませ……」
「許可無く口を開くなトンマ!」
 言い終わる前に曹長の拳が叩きつけられる。頬肉が歯に当たって鉄の味が舌に
滲んだ。
「判ったか?」
「イエッサー!」
 カートは拳を硬く握って辛抱した。こんな事でいちいち激昂していられるか。
せっかくMSに乗れるというのに。
 カートのそんな心境をよそに、ロデオ曹長はわざとらしく踵を鳴らして新兵達
の前を行ったりきたりしている。だがやがて、彼らに背を向けるようにして立ち
止まった。
「では、ただ今より訓練内容を説明する!」
 来た!全員の注意がロデオ曹長に寄せられた。何をするのだろう?兵装の運用
法か、模擬訓練か、あるいは、いきなり実戦訓練か?
 彼らの視線を一身に浴びながら、曹長は振り向いた。
「この格納庫のザクを徹底的に整備し上げる事――これが本日、諸君等に課せら
れる訓練であるっ!」
「!!?!」
 機体に満ち溢れていた新兵達の顔が、がらりと一変する。あっけにとられ口を
半開きにする者、今にも泣きそうな顔をしている者、こめかみを痙攣させる者。
そんな彼らなど知ったことではない、という風にロデオ曹長は拳を回す。
「公王陛下が舌ベロで舐めても問題ないくらい徹底的に、だ!塗装もし直せ。指
導はそっちにいるハインリヒ整備士長以下の整備班が行ってくれる。他に何か質
問はあるか?」
(質問?質問だって!?)
 カートは歯を食いしばって曹長を睨みつけた。やっとザクに乗れるかと思えば、
今度は機体の整備だ。一体自分達はいつになったら出撃できるのか。
(この野郎っ……!)
 面白くも無さそうな曹長のすまし顔に鉄拳を叩き込んでやろうかとカートが足
を動かそうとした時。
「いい加減にしやがれっ!」
 大声を張り上げて、巨体がずいと曹長の前に立った。ジェド・ヤクシュは顔を
真っ赤にして、火の出るような眼差しで目の前の上官を刺していた。
「誰が前に出ていいと言った、デクのぼう。上官に発言をする前は許可を伺って
からだ。そんな事も覚えとれんのか?脳味噌まで筋繊維が詰まってるのか?」
「うるせえ!」
 自分を見上げるロデオ曹長の目の前まで行くと、ジェドは鬼気迫る形相を彼の
目の前に持っていった。
「曹長さんよぉ……俺はな、パイロットなんだ!こんな仕事は整備兵にやらせと
けばいいだろが!?俺達ゃとっととMSに乗って活躍したいんだ!連邦どもに銃
弾をブチ込みてえんだよ」
「ほう!ガタイだけかと思っていたが鼻息の方も一人前のようだなっ、デクのぼ
う!お前のおふくろさんもさぞかし小言がうるさいんだろうよ」
 曹長の言葉が引き金となった。カートはジェドが施設の出で親の事を言われる
とすぐにキレるという性格を知っていた。そして、彼がハイスクールのボクシン
グ・クラブのヘビー級チャンプだという事も。
 ジェドの眼球が血走るや否や、砲丸の様な重い拳が曹長の鼻面に襲い掛かった。
(!?)
 だが――次の瞬間、格納庫の床に転がっていたのはジェドの方だった。カート
の目にはなにやら曹長が不思議な動きをしてジェドのパンチをかわし、背後に回
りこんで膝裏を踏みつけた、というくらいしか判らなかった。曹長は、バランス
を崩して無様に倒れこんだジェドの顔面に、ブーツの踵を叩き降ろそうとして―
―鼻の寸前で止めると、代わりに鳩尾を踏みつけた。ぶげ、と滑稽な声を出して
もんどりうつジェド。
「戦場じゃあ気の短い奴から死んでいく」
 ロデオ曹長は唾を吐いて、息を飲む新兵達に目線を投げる。
「整備兵に任せておけば良いだと?よくまあそんな戯言がほざけたもんだ。もし
貴様らの誰かが損傷したMSに乗ったままで部隊からはぐれたらどうする?敵の
攻撃で整備兵が死んでしまったらどうする?ゲリラが機体に細工をしていたら?
自分はパイロットなので仕方ない、とでも言うつもりか?そんなマザコン野郎は
俺が今この手で殺してやるっ。そんな言い訳が通じたらこんな戦争はとっくに終
わっているわ!」
 全員が全員、曹長に反論できずに整備を始めた。この訓練メニューが追加され
た日々が、また数日続いた。
 カートは、もしかすると自分はもう一生MSに乗れないのではないか、と思い
始める。曹長に対する愚痴は、日に日に増していくばかりであった。


 だが。地球に降りて丁度十日目の夜、連邦軍の部隊が、駐屯基地に奇襲をかけ
てきた。


 鮮やかな手際だった。爆撃や砲撃が雨あられと基地内に降り注ぎ、基地内は一
気に混乱状態に陥った。敵もミノフスキー粒子の扱いに大分慣れてきたというこ
とだろう。
トレーニングで疲れ果て、睡眠に浸っていたカート達も起床を余儀なくさせら
れた。兵舎の仲間達も、窓から基地内の様子を見て青ざめる。
「くっそ、見張りの連中は何をやってやがるんだ!?」
 カートは叫んで、カーテンを閉めた。
「どうする?」
「とにかく退避だ!敵は南から攻めてきてるらしい。北方面に行けば、合流でき
る筈だ」
 装備を取ってエルヒカと話し合っていると、誰かが一喝した。
「待てよ、お前ら!こいつはチャンスだぜ!」
 その言葉の主――ジェドは、仲間達ひとりひとりの顔を見た。
「なんだよ、チャンスって。それより早く行かないと……」
「何処に行くんだよ!?それよりも、俺達でヤっちまおう!」
「ヤるって……まさか?」
 新兵達は顔を見合わせた。ジェドの言いたい事が、彼らにも伝わったのだ。
「そうだ。幸いここの兵舎からMS倉庫まではかなり近い」
「勝手にザクで出撃するっていうのか?」
「軍法会議もんだぞ!?」
「構うかよ!俺達ジオンは、どんな手を使っても軍功をあげたモン勝ちだろうが
!」
 それぞれが顔を見合わせる。確かに、ジオン軍のシステムは潔いまでの実力主
義だ。今のような状況で活躍して、エースとなって昇進した若い士官は幾らでも
いる。それをジオン新報で見てきた彼等にとっては実に、魅力的な提案だった。
「……俺も行くぜ」
「マジか?カート」
 信じられないといった顔で言うハックに、カートは頷いてみせる。
「このままじゃあ俺達はいつまで経ってもMSに乗れやしない。おまえら、それ
でいいのか?俺は嫌だぜ。あの曹長のいいようにこき使われるのはもう真っ平だ
!ここで手柄を稼げば、上だって俺達を無視できないさ」
「そうだな……敵を食い止め、被害を与えてから退いて友軍と合流すれば、かな
りの功績になるな」
 冷静なエルヒカも、やはり我慢できなくなっていたらしい。功績という言葉に
釣られたハックも立ち上がり、アリスンがそれに続く。仕方なくといったように
プラークも彼等について行った。
「やってやろうじゃねえか」
「どうせ相手は旧式の戦車や爆撃機だ!」
「連邦に俺達の力を見せてやろうぜ!」
「おお!あのボケ曹長にもな!」
 めいめいに叫びながら、新兵達はMS格納庫に駆けていった。


 野外テントにて、顎にはしった傷跡が印象的な青年士官がパイロットスーツを
着ながら有線電話に指示を飛ばしていた。駐屯基地MS隊の総指揮官、アルファ・
サンドロス中尉である。当基地きってのエースでもあり優秀な指揮官でも有る彼
は、この不測の事態にもけしてうろたえなかった。
「……そうだ!第02小隊と05小隊で北西側を確保しろ。何としてでもだ!私
も出撃する。それまで持ちこたえろ」
「中尉殿!」
 見張りの兵士を突き飛ばし、テントに入ってきた男に中尉は顔を向ける。ロデ
オ・ピックマン曹長。彼が最も信頼を置いている部下のひとりであった。
「いいな、敵陣はそこが手薄になっている筈だ。私が行くまで耐えろ、判ったな!」
 中尉は外の騒音にも負けぬ声で怒鳴って電話を切ると「どうした曹長。手短か
に済ませろ」と手袋を嵌める。ロデオ曹長は、いつになく真摯な態度で敬礼した。
「小官にMSを一機お貸し願いたいのです」
「何だと?」
 顔を上げる中尉に、曹長は続ける。
「小官の管理力不足は不覚と致す所ながら、部下達が許可無く独断で出撃したら
しく――おそらく敵部隊と交戦中と予想されます。戦車ならばまだしも、奴等は
まだ、あれを相手にするには訓練不足。自分が指揮を取らねば、全滅は必至です!」
 爆音。テントの揺れにこらえながらも、曹長は中尉に詰め寄った。
「中尉殿、どうか許可を」
「ならん!奇襲を受け半数以下の兵しか運用できない今、MSは脱出経路を作る
ための貴重な戦力である。一機たりとも裂く事は出来ない!」
「……!」
「彼らの訓練を貴官に一任したのは他ならぬ私自身だ。その心情は理解できる…
…だが、どうにもならないことなのだ」
 唇を噛んだまま、曹長は下を向いた。数名の部下よりも全部隊の脱出を第一と
する。中尉の言葉は、おそらく自分以上に正しい。だが、ここで自分の部下を、
まだ年端もいかぬ少年達を見捨てて良いのか。ロデオ曹長は肩を震わせた。
 と、「いや待てよ」と何を思いついたか、アルファ中尉がロデオに妙な質問を
した。
「聞くが曹長、水陸両用機の操縦経験は?」
「は……?一応シミュレーション・マシンでズゴックを五時間ほど、ならば」
 中尉は「よし」と頷くと、有線電話を取り「整備士長を呼べ」と言った。


「ヒャッホーッ!」 
 四機目の戦車を側面から破壊したハック伍長は笑って髪を撫で上げた。
「いいぜいいぜ、こんだけ被害を与えて本隊に合流すりゃあ、大戦果だ!」
ザクの攻撃力は圧倒的だった。最強の機動兵器MSは、旧式の兵器をまるで玩具
のように蹴散らしていく。
 こちらに真っ直ぐ突っ込んでくる戦闘機の機銃をかわしもせず、ハックは12
0oマシンガンを機体に叩き込む。まるでトンボのように戦闘機は墜落して爆裂
した。
 強い。なんという威力なのだ。ハックの血が沸き踊る。MSの力に彼は酔って
いた。雄叫びでも上げたい気分で、向かってくる61式戦車に牙を剥く。敵砲塔
の回頭速度を上回る動きで駆けて120oを一発、二発。薄い上面装甲を撃ち抜
かれ、戦車はあっけないほど黒煙を吹き上げて砕け散る。
「ビンゴ!さあて、次はどいつだ?」
 舌なめずりをしてハックはザクのモノアイを動かした。彼の表情は、今まで彼
自身見たことが無いほど、禍々しく、凶悪な顔つきになっていた。そこにハック・
ラックという個人はなく、獰猛な狩人がいるだけだった。
 と。
「!?」
 銃弾の乱れ飛ぶ基地施設の合間に、彼は奇妙な物を見つけたような気がした。
一瞬、彼の理性はそれが何であるかの正しい答えを出しかけたが、彼の中で膨張
した暴力の魔性がそれを覆い隠した。
(ザクを見間違えただけ……だよ、な?)
 しかし。すぐにその考えは否定された。されざるを得なかった。
 一体。二体。敵進行方向と思われる森林地帯の中から、次々に姿を現したそい
つらに、ハックは急激に口の中が渇くのを自覚した。
 自分達のザクと同じ様に、巨大な銃を携えた20m弱の巨人達。それを見たハ
ックは頭の中でジオン新報の記事を思い出していた。
『かねてより噂されていた連邦軍製MSの暗躍が噂されており』。『連邦軍製』
の。『MS』。『モビルスーツ』。
 そして。ザクとは全く異なるMS達が、銃口を一斉に構えた。
 彼の最後の言葉は銃撃にかき消され、誰にも、彼自身にすら聞こえなかった。


 RGM−79ジム。MS建造計画『V作戦』によって開発された地球連邦軍製
のMSである。強度に優れたチタン系複合素材とビーム兵器をも携帯可能とする
高出力のジェネレーターは、ジオン軍のザクどころかグフすらも上回る性能を秘
めている。更にMS練度の低さをカバーするために搭載されたAIに依存するセ
ミオートシステムによって、パイロットの操縦をサポート。まさに連邦軍の科学
技術の粋を駆使した傑作であった。
 何よりこの新型兵器に対する未知の恐怖がジオン兵達を慄かせた。
 それまで自分達の駆るMSこそが最強となまじ信じていただけに、その自信が
砕かれた時のショックの反動も並大抵ではない。加えて彼らは、対MS戦闘など
というものは演習でしか経験していなかったのである。もしもこれが幾多の戦闘
を潜り抜けてきた兵士であれば、まだ有効な対処法を思いついたかもしれないが、
新兵である彼らはあまりに脆かった。恐慌状態に陥ったカート達は、確実に押さ
れ、傷ついていった。


 下がりながら抵抗してくるザクの攻撃を建築物の陰に隠れてやり過ごす。いく
らジムと言えども、攻撃をもろに受けるのはまずい。なんと言ってもMS練度は
あちらが上なのだ。
ジムのパイロットが攻めあぐねていると、コックピットのモニターに小隊長から
の通信が入った。
『クラック1よりクラック2へ。聞こえるか?奴の射撃が途切れ次第、俺とお前
で同時攻撃を仕掛けるぞ!俺が接近戦をかけるからお前は援護を頼む!』
「こちらクラック2。了解しました!」
 返事をすると息を飲んで操縦桿を握る手を開閉する。敵と自分達が異なる点は、
自分達は徹底的に対MS戦闘訓練を積んでいるという事だ。それまでに航空機や
戦車しか相手にしていなかったジオン兵は、対MS戦闘に慣れていない。そこが
こちらの付け目だった。多対一で当たるようにし、戸惑っている相手を一気に潰
す。この戦法で彼等は確実にジオンMSを叩いていったのである。
(さあ、いつでも来るがいい)
 建物の陰に隠れつつ、ジムの100oマシンガンを構えさせた時。
 危険信号を伴ってコンソール画面に赤い文字が走った。
(!ロックオンされただと?)
「ど、どこからだ……なっ!?」
 レーダー反応を見やったパイロットの心臓が縮み上がった。建物の向こうのザ
クの他に、距離にして数十メートルの超至近距離にMS反応が現れているではな
いか。反応源は、なんと今自分が隠れている建物の中。
 その建物が何であったかを理解し、パイロットが自分の間抜けさを悔やんだ刹
那。
 ジムが背中を向けていた壁を砕き破りながら、『何か』が異常なまでの衝撃と
威力を伴って、その白い機体を吹き飛ばした。
「ぐわぁぁッ」
 バックパックを大きくへこませてジムは前のめりに地面に突っ込んだ。激しい
ショックがコックピット内を襲う。
『クラック2!どうした!何があった!?』
 隊長の声が聞こえるが、パイロットは横倒れになったジムのカメラを通して、
呆然と目の前の相手を見ていた。崩れ去るMS格納庫の瓦礫を邪魔臭そうにどか
しながら、姿を現したそいつを。
 そいつは今までに見たことのないタイプのMSだった。首が無く、胸部にモノ・
アイが直接付いている。頭部から生えた放熱板らしき物が印象的だ。ずんぐりし
た外観は、どことなくデータで見た水陸両用MSに似ていたが――水陸両用機の
特徴とも言うべきアイアン・ネイルではなく、角張ったやたらにごついハンド・
マニピュレイターが付いている。しかし武器使用の汎用性を高めるが為のその手
には、何の装備も握られていなかった。では先程の凄まじい攻撃は一体?
「こ、こちらクラック2!詳細不明の敵MSが……!」
 叫びながらジムを起こし、間合いを取ろうとする。と、こちらに向けて敵MS
が手を伸ばしてきた。いや、その手は実際に届く筈のない距離から『伸びた』の
である。
「!?」
 モニター一杯に迫る、ザクやジムよりも一回り巨大なマニピュレイターを、ジ
ムは仰け反ってよけようとした。だが、MSの掌はスウェーイングしたジムの頭
部を難なく鷲掴みに捕らえる。
「うぉぉあぁ!?」
 途端、ミシミシという音とともにジオンMSはその太い指でジムの頭部を握り
つぶさんばかりに締め付けてきた。信じられない握力。カメラ・アイに亀裂が走
り、コックピットモニターが一気に乱れる。伸びた腕が縮み、頭部を鷲掴みにし
たままにもがくジムを引き寄せ――近づいてくるその腹部目掛けて、握り締めた
拳を『発射』した。
 まるでそれ自体が巨大な弾頭の様に。謎のMSの巨大な拳は、パニック状態の
パイロットの乗るコックピットを外部装甲ごと押し潰して深々と胴体半ばまでめ
り込んだ。


 ……意外と使えるな。
 残骸となったジムをモニターで見ながら、ロデオ曹長は片眉を上げた。アルフ
ァ中尉が「たったひとつ、君に回せるMSがある」と言って、この戦地真っ只中
の格納庫に収容された試作機の存在を知らせた時、さすがに彼も迷った。

                 *

「ゾゴック?」
「ええ。なんでもズゴックの発展型で、敵本部基地を攻略するために開発された
MSだそうで」
 ハインリヒ整備士長からよこされた若い整備兵はそう言ってマニュアルを渡し
た。もう中尉はとっくにMS・グフに乗って出撃してしまっている。
「水陸両用機だと?なんでそんな物がこの基地に有る」
「河を使って実験データを取るつもりだったんです。それにこのゾゴックは強襲
用MSで、水中の動きを犠牲にして陸戦能力に特化させたタイプでして……わ!
な、何ですか」
 ロデオは苛立った顔で「貴様の能書きなんざどうでもいいんだ、サンピン!」
と整備兵の胸倉を掴んで持ち上げた。
「使えるんだな?」
「は、はい!格闘能力ならば現存するMSの中でもトップクラスではないかと!」
 半ば殺意を剥き出しにしたような眼差しでロデオに言われ、整備兵は必至に首
を縦に振る。曹長は開放してやると、整備兵の後頭部の髪を引っ張り上げて目の
前に迫る。
「いいか、ヒヨっ子。一度しか言わんからそのしみったれた耳タブおっぴろげて
よーく聞け!今からきっかり三分でズゴックとこいつの操縦法の相違点を俺に判
り易く説明するんだ。チンタラ無駄口叩いてみろ。向こう二、三ヶ月はレーショ
ンもロクに喰えん様にその歯を一本残らずへし折ってやる!」
「わ、判りましたぁぁ!」
「なんだその返事はっ!目ン玉抉られたいか!?」
「イ、イエッサー!曹長殿!!」
「よし、レクチャーを開始しろ!」
 見事二分四十八秒で説明を終えた整備兵に礼代わりの気合の拳を入れてやり。
曹長はジープに乗って弾幕の雨の中を潜り抜け、見事格納庫にまで辿り付いたの
だった。すでに格納庫が破壊されていたらその時はその時と考えていたが、どう
やら敵部隊は部下達のザクに気を取られているようだった。ロデオ曹長は中に横
たわっていたMSを見るや否や露骨に不安そうな表情を作ったが、ここまでくれ
ば後に引く事はできぬと乗り込み、ジェネレーターを起動させた。

                *

 聞いた情報ではジムとかいうらしい連邦のMSは、圧倒的なパワーで僚機を叩
き壊したこのゾゴックに一瞬怯んだようだった。が、さすがに敵もプロである。
すぐに気を取り直してこちらに手にしたマシンガンを放ってきた。我が軍の12
0oマシンガンを凌駕する連射力で、砲弾並みの弾核がロデオの駆るゾゴックを
襲う。だがロデオは素早く機体を前進させて回避。ゾゴックの手を伸ばすと、鉄
塔をへしゃげさせて倒れている、今や鉄屑と化したジムの脚を掴んだ。グフのヒ
ートロッドにも使用されている充填素材デンドリマーを流用した伸縮自在の腕を
引き寄せてゾゴックはスクラップになった連邦MSを、こちらに向けてマシンガ
ンを連射しているジムに放り投げた。
 面食らったジムは僚機の残骸をまともに受けてしまう。払いのけた時には既に
ゾゴックはジムを射程圏内に捕らえていた。圧縮空気に押された両拳が唸り、腕
が鞭のように伸びる。片方はシールドで防がれたものの、もう一方のアームは右
脚部を粉砕して、バランスを崩した。倒れたジムの頭をゾゴックは107tの体
重を掛けて容赦無しに踏み潰し、行動不能にした。
(運動性も確かに悪くは無い……だが)
 快進撃はそこまでだった。
 こちらに気付いた連邦MS部隊は、こちらに射撃を集中させ始めた。このゾゴ
ックの最大の欠点、遠距離攻撃の欠如に気が付かれたらしい。しかし、こうも短
時間で見切るとは、アースノイドにも優秀な指揮官がいるようだ。
「がっ!くそ、やはり試作品は試作品かよ!」
 弾丸を受けて揺れるコックピットでロデオ曹長は舌打ちし、何とか建物の陰か
ら陰へと逃げ回る。部下達に連絡を取るべく回線を開こうとしたが、周波数を調
べている暇は無い。そこで曹長は、手っ取り早い手段を選ぶ事にした。


 様子がおかしい。
敵の攻撃が手薄になった事を不審に思ったエルヒカは回線を開ける。新兵達のリ
ーダー役であり、訓練をそつなくこなしてきた彼も初めての対MS戦に戸惑って
いた。
『おい、エルヒカ!生きてるか!』
 通信が入ったので回線を開くとジェドの顔がモニターに映る。
「なんとかな!だが一体奴等、どうしたってんだ?」
『援軍が来たらしい!そちらに集中してるみたいだぜ』
「援軍?そんな余裕が有ったのか」
 そんなやり取りをしていると。
『おいっ!新米ども!聞こえてるかッ!?』
 がなり声が、スピーカーから割り込んできた。敵味方関係なく響く無差別通信。
通常は降伏勧告や休戦提案の時に使う物だが――そんな事よりも、彼等にとって
は、そのあまりにも聞きなれた声の方が問題だった。
「そ、曹長!?」
 ジェドも、おそらく他の隊員も同じ声を上げたろう。だが回線を合わせない限
り、無差別通信は一方通行だ。こちらの声など聞こえはしない。
『援軍ってのはあいつの事かよ!』
 今更何をしに来たのか、と毒づくが、ロデオ曹長が自分達のために来てくれた
という事実はエルヒカの心に光をさした。しかし。
『まず言っておく!援軍に来たのは俺ひとりだ。他にはザク一機たりともいない!
だから、貴様等が直接このくそったれどもを倒すんだ!』
 息が詰まる。援軍はやはり無いも同然ではないか。しかもこの曹長はまたして
も無茶苦茶な命令をとばしてきた。倒せといわれてはいそうですかと出来たら苦
労はしない。
『いいか、今から作戦を伝える!よく聞けよガキども!』
(何を考えているんだ曹長は。これは無差別通信なんだぞ?)
 敵にこちらの作戦を教えてどうするつもりなのか。そんなエルヒカ達の懸念を
余所に、曹長のだみ声はこう伝えた。
『俺の訓練どおりに動け!以上だ!』
「なっ!?」
 そのシンプルな命令と供に通信は途絶える。確かにこれなら無差別通信であろ
うと関係は無い。味方にも判らない作戦内容が、どうして敵に判るというのか?
『あのゲス野郎、ふざけやがって!あいつが俺達にMSの何を教えてくれたって
んだ!?』
 怒りの苦情をジェドが吐いた。エルヒカも同様である。徹底して自分達をMS
から遠ざけていた本人が、何を言っているのか。
「訓練だって!?あいつが俺達にやった事なんて……!」
 文句を吐いて、コックピットの壁を叩くエルヒカ。
 と。
 曹長が自分達に教えた訓練。忘れたくとも忘れられない思いを瞬時に巡らせた
エルヒカは、咄嗟に顔を上げた。
「そうか!俺達が曹長に教わった事だ!」
『あぁ?』
「何を教わったよ!?」
 ジェドは、エルヒカの不可解な言葉に頭を捻って、しかし、直に『あっ』と叫
んだ。
 二人はモニターで頷き合って、
『しかし……出来るか?』
「やるしかないだろう!」
 エルヒカは叫んで、通信を切った。
(俺の考えが間違ってない事を祈るぜ)
 操縦桿を動かす。流体パルスがザクを起動させた。エルヒカはザクを物陰から
飛び出させて、敵機反応目掛けて最速で駆けた。
(五感を砥ぎ澄ませ。ザクの巨体の隅々まで――ザクを体の延長と思え――違う。
俺がザクのパーツの一部になるんだ!)
 走ってくる自分に気付いたのだろう。別の所に狙撃していた連邦MSがこちら
を向く。
『けして正面から当たるな。敵の虚を突け。いいか、敵はバカでもないしお前ら
の様なヒヨコでもない。いきなり急所に当てるのは不可能だ――なら、どうする?
コーヒー顔』
 曹長の言葉を思い出す。白兵戦訓練でしこたま体で覚えさせられた事だ、忘れ
はしない。問題はそれを実行できるか否かだ。
 エルヒカは、ザクのマシンガンを撃つ。だが、さっきと同じ様に連邦MSは左
手に持ったシールドでなんなく弾を防御。そして盾に隠れながら、反撃しようと
銃を構えた。
(今だ!)
 その瞬間をエルヒカは逃さなかった。マシンガンとは別の手で後ろに隠し持っ
ていた高熱展開済みのヒート・ホークを、連邦MSの足元に向かって投擲。
 シールドが逆に死角となって、連邦MSの脛に赤熱の刃が食い込んだ。バラン
スを崩して倒れこんだMSの背中へ、エルヒカは120oを連射。バック・パッ
クに穴が穿たれ、推進剤に引火したMSのボディが爆裂した。
「……で、できた……」
 やはり間違いではなかった。曹長のこれまでの訓練の意味、それは対MSを想
定しての物だったのだ。人型兵器同士の戦いこそ、原始的な白兵戦の知識が必要
とされる――そういう事なのだろう。そして予めこの事を言われていたとしても、
自分達は理解できずに訓練をないがしろにしていたろう。
 しかし現在自分達が陥っている状況を考えると、感慨に耽っている暇は無かっ
た。エルヒカはマシンガンのドラム・マガジンをリロードすると、機体を走らせ
る。
 なんとしてもこの包囲網を突破するのだ。
 それは自分達には今や実現不可能ではない事なのだから。


 足音。敵のMSがゆっくりとこちらに近づいている音が響いている。基地中が
叩きつけるような騒音の渦の中だが、彼の耳ははっきりと異なる音を聞き分けて
いた。
「手榴弾を投げる時は安全装置を外してからすぐには投げず敵との距離を考慮し
て調整する……焦らず慌てず騒がず冷静にクールにクレバーに……」
 荒く息をして呟きながら、アリスンは慎重に操縦桿を動かした。マニピュレイ
ターを操って、ザクの腰に備え付けてあるMS用弾頭炸裂手榴弾『クラッカー』
の安全装置を解除させる。だが呟き通りすぐに放さない。しばらくマニピュレイ
ターに握らせたまま、建物の向こうのザクともグフとも異なる、やや軽快な足音
を伺い、距離を測る。そしてタイミングを合わせるようにし、そっとクラッカー
を転がすようにほうった。
 一秒も断たず爆音が唸り、閃光が散った。
 ぐらり、と曲がり角から金属の破片を直に浴びてボロボロになった連邦MSが
目の前に倒れてきた。さすがに、至近距離でのクラッカーの爆裂のショックには
耐えれないようだ。手持ちの武器にも引火したらしく、右手が吹き飛んでいた。
「な、なんだ。こんなものかよ」
 安堵するように笑うアリスン。だが――その連邦MSをまたぐようにして、も
う一機が飛び出してきた。前のMSが盾の役割を果たし、ダメージを軽減したの
だろう。
 その手にはアリスンが見たことも無い武器が握られていた。揺らめく巨大なビ
ームで出来た剣の様な武器は、ザクを一撃で破壊できそうな迫力があった。ヒー
ト・ホークと似た設計思想の武器なのだろうが、あちらの方が威力は俄然有りそ
うだ。アリスンの目の前が真っ白になった。ひっと息が詰まり、体の筋肉が硬直
して思考が麻痺する。
 すると。
破裂するような爆音が後方から響き、大気を突き抜けるようにして灼熱の塊が今
まさにアリスンにビームサーベルを振り下ろそうとしていた連邦MSに炸裂した。
 弾丸の威力に、MSは胸部をへこませたまま後ろに吹き飛んだ。そこにまた、
もう一撃。今度は胴体に穴が開いた。連邦MSは煙を噴き上げて息絶える。
 アリスンが振り向くと、いつの間にか後ろに控えていたザクが、砲口から煙を
噴き上げるマゼラ・トップ砲を持ち上げていた。通信モニターに映ったのはこん
な時でもマイペースなプラークの丸顔だった。
『相手に仕掛ける際は、二段構えでバックスがカバーするべし。訓練どおりだっ
たね』
「あ……ああ。そうだなまったく全然予定通りだぜ。別にビビッてなんかないか
らなマジだぞ信じろよ」
 背筋を伸ばして息を整えると。アリスンは画面に指を突きつけ、念を押した。


 カートもまた、ジェドとコンビを組んで敵MSを撃破していた。優れたMSで
は有ったが、冷静になって見れば敵はまだMSの操縦に慣れていないようだ。引
き換え、カート達は新兵とは言えジオン本国のMS訓練学校でみっちりと訓練を
受けてきたパイロット達である。また整備をさんざん手伝わされたお陰で、機体
にどこまで無理をさせられるかもある程度まで把握できていた。練度は時として
兵器の性能差を覆す事が出来るのだとカートは思い知る。そして、それを生かせ
るだけの応用性がザクには有った。
『よっしゃ!敵のクソMSも残り少ねえぞ』
「こっちの弾薬も少ないけどな!」
 カートはザクの240oバズーカの弾薬を確認。残る弾は二発のみ。だが、射
撃の腕には自信が有る。悪くしてももう一機くらいは倒せる筈だ。
『いいか、1、2の3で飛び出すぜ?』
「OK」
 ふたつのザクが、隙を見て建物の陰から敵に飛びかかろうとした時。
 目の前の光景が暗くなった。
「!?」
 それが、建物を飛び越した何かの陰が光を遮ったのだと理解すると同時に。前
列にいたジェドのザクを、真上から降ってきた赤く細い光が貫いた。
 ジェドがやられた。その事実に愕然となった時、ビームを放ったそいつが着地
する。他の連邦MSとは似て非なる機体だった。どこと無く細身の形状。おそら
くは軽量化によってスピードを上げたのだろうが……。
 そんな事を思いつつも、「次は自分を狙ってくる」という恐怖が反射的にカー
トの体を突き動かした。
 細身のMSへ、カートは迷わずバズーカを撃った。予測される回避方向への偏
向修正をしつつ放ったはずの砲弾は、あっさりと避けられる。格段に速い。軽量
化だけでなく、出力や間接部も強化しているのか。
 そして細身のMSは、こちらの狙撃をかわした体勢のままで銃口を向けた。高
出力のビーム兵器。受ければただでは済むまい。乗っているパイロットもおそら
く一流だ。
 あれで撃たれたら熱いのだろうか?ジェドは熱かったのだろうか。それともそ
んな事を感じる間も無く死ぬものなのだろうか。死を覚悟した彼の脳裏に浮かん
だのは、今までの人生ではなく、そんな他愛の無い事だった。
 しかし、何故か細身のMSはこちらにビームを撃たずに後ろに飛んで、建物の
向こうに消える。その連邦MSが飛んだ数瞬後、何か飛来してきた物体が地面に
幾つも突き刺さった。細身のMSはこれに反応したのだろう。反射神経も良いら
しい。
『ちぃっ、速いな!』
 姿を現した、水陸両用MSらしき機体から通信が入る。どうやら頭部の放熱板
のような物を発射して攻撃したらしいが。見れば見るほど奇妙なデザインのMS
だ。
「そ、曹長!」
 これだけ接近すれば回線も繋がる。声に反応して、カートは叫んだ。
「ジェドが……ジェドが!」
『あれはやつの機体か……』
 煙を上げて倒れているザクを見て、曹長は苦々しい顔を作る。カートは半ばあ
っけに取られた。この曹長がこんな顔が出来る人間だったとは思ってもいなかっ
た。だがロデオ曹長はすぐにいつもの様に檄を飛ばす。
『だが悔しがっている暇は無いぞ、カート!奴はすぐに現れる。俺達を仕留めに
な!』
「イ、イエッサー!」
 曹長が自分をオカマ野郎ではなくカートと呼んだ。その天地が引っくり返るよ
うな行為が続けられた事に驚きつつも、返事をする。
『バズの弾はまだ有るなッ』
「一発、だけですが!」
『上等だ!いいかっ、俺がチャンスを作ってやる!そこを狙――?』
 二人が通話している最中、円筒状の物体が何処からかこちら目掛けて飛来して
きた。
『くっ!』
 曹長のMSがすかさず手を伸ばして弾き飛ばすが、間を置かずに炸裂した。ク
ラッカーと同じ、MSサイズの手榴弾の様だった。直撃は避けたが、曹長の機体
の右手は使い物にならなくなった。
 ハッと気付くと、いつの間にか姿を見せていた例のMSがこちらに向かって猛
然と走行してくるではないか。
 カートは思わずバズーカを撃ちそうになり、その衝動を必死で抑えた。普通に
撃てば、あのMSには絶対に当たらない。曹長が作ると言ったチャンスを信じ待
つしかない。
 しかし、一体どうやってチャンスを作ると言うのか?
『ぬおおおお!』
 向かってくる細身のMSに、曹長のMSが迎え撃つように突進する。速度は連
邦の細身のMSの方が若干速いか。加えて、向こうには高出力のビーム兵器があ
る。無謀な特攻だ、とカートは思う。
 それは曹長も判っているのだろう。先手必勝とばかりに頭部の刃を飛ばした。
どうやら曹長のMSの固定武装らしいが今ひとつ効果に欠ける武器だ。事実、何
ということも無く細身のMSは横跳びに回避。すかざず曹長に向けてビーム・ガ
ンを向けた。
 間合いがやや遠く、曹長ならば反応できる距離である。だが曹長のMSは――
回避運動でなく、更に連邦MSへと踏み込んだ!
「曹長!?」
 ビームの射線上へねじ込むように、曹長の機体は半身に踏み込みつつ、残った
左マニピュレイターを伸ばす。連邦MSが撃ったビームが、曹長のMSの右上半
身四分の一程を溶かしつつ抉【えぐ】った。だが、曹長のMSの巨大なマニピュ
レイターは、がっきと連邦MSの腕を掴み、強引に引き寄せる。またビームが閃
く。曹長のMSの左脚部が腿から千切れ、大きくバランスを崩す。それでもMS
は――曹長は、相手を決して放さなかった。左腕を絡め、連邦MSにしがみつく。
 チャンス。これが、曹長の言っていたチャンスだとカートは理解した。今、あ
の細身のMSの機動力は完全に奪われている状態だ。
 だが、今撃てば、ほとんど五分の確立で曹長の機体に当たる。もつれ合う二機
のMSに、カートは震える手でサイト照準を合わせた。汗が滴る。息をする間も
惜しい。
(早く撃たねば。早く撃たねば、曹長が。残り弾数は一発。たった一発。早く。
早く。たった一発。早く。一発。撃て。曹長。ミスは許されない。たったの。撃
て。撃て撃て)
 撃つ!
「当たれぇぇぇっ」
 カートは掠れた喉で悲鳴のような声を絞り出して、操縦桿のスイッチを押した。
煙を上げて、240oバズーカの咆哮が響き渡る。
 脳内物質でも分泌されているのか。カートはその弾道をはっきりと黙認する事
が出来た。絡み合う二つのMSに、ゆっくりと跳んで行く砲弾の道筋まで予測で
きた。
 着弾点は――曹長のMSの背中――。
 この上ない絶望感がカートの脳内を支配した。刹那にして視界が暗黒に包まれ
る。
 炸裂音。
 自分の砲弾が、曹長に当たった音。彼を地獄に叩き落す音だ。
 そして、自分はあの連邦MSのビームで撃たれて殺される。なんという惨めで
情けなく醜い死に様なのだろう。
 自分の人生はこんな物だったのか。今までの生は無駄だったのか。
 涙と鼻水で顔面をグシャグシャにしながら、カートは怯えたまま、死を待った。
だが。いつまでたっても、自分に攻撃は襲って来ない。
 カートははたとモニターを見る。そこには、なぜか砲弾の直撃を浴びて、火花
を散らしながらたたずんでいる細身の連邦MSの姿が有った。やはり装甲は薄か
ったのだろう。機体前面がほぼ完全に破壊されていた。
 ザクの視線を下に向け、そこに倒れている両足の無い曹長のMSの姿を見た時、
カートは全てを理解した。もつれ合っている最中に細身のMSから放たれたビー
ムが、曹長のMSのもう片方の脚を撃ち抜いたのだ。その事によって力尽きて地
面に倒れた曹長のMSに当たる筈だった砲弾が、すり抜けて連邦MSに当たった
のだ。
 例えようも無い脱力感と希望の光がカートに押し寄せた。だが、カートはそれ
を無視して曹長のMSに駆け寄る。通信回線を開く。繋がるが返事は無い。
 カートはなりふり構わずコックピットから降りて、ザクのマニピュレイターに
乗り込み、曹長のMSのコックピットに降りた。殴られても構わない。何が何で
も曹長を死なせたくはなかった。非常スイッチを押して、ハッチを開ける。
「曹長、曹長っ!大丈夫ですかっ!?」
「ああ……オカマ野郎か」
 薄笑いを上げて、曹長はそこにいた。
「曹長!無事だったんですね。良かっ……」
 言いかけたカートは、身を起こした曹長を見て押し黙る。
「どうやら、あいつを倒せたようだな。褒めておいてやる。ありがたく思え」
「そ、曹長。その、腕……」
「これか。俺としたことがドジ踏んじまった」
 曹長の右腕は、肘の上辺りから無くなっていた。ドロドロととめどなく鮮血が
溢れ、シートを浸している。『無くなった腕』は、コックピットの中の亀裂に挟
まっていた。
「まいったな、おい……シートベルトも、はずせん……」
「曹長、もう喋らないで下さい!」
「いいから、とっとと行け。お前だけでもな……包囲網を突破しろ。北西側だ。
そこに、中隊長達も……いる……行け。お前等なら、でき……」
 そこまで言うと、曹長は眼を閉じた。
 ロデオ曹長、とカートは叫ぶ。
 ああまで憎かった曹長のために、涙が溢れ出た。カートは再び、曹長の名前を
呼んだ。
 自分を鍛え上げてくれた人物の事を。カートは何度も呼び続けた。

                 *

「曹長――カート曹長!」
 ア・バオア・クー防衛部隊第22MS部隊隊長カート・ゴントレット曹長は、
その声で我に返った。目の前に立っている少年兵に、カートは目を擦って不平を
漏らす。
「なんだ……人が折角いい気分で眠っていたってのに」
「呆れましたね。こんな時に夢でも見てたっていうんですか」
 少年兵は頭を掻きながら信じられないように肩を竦める。十七歳と言っていた
か。
「ああ、懐かしい夢をな」
 カートは答えて欠伸をした。
 あの後、彼等は友軍との合流に成功し、見事連邦の包囲網を破って脱出した。
曹長はなんとか一命を取り留めたものの、片腕ではパイロットとしての再起は不
可能と見なされ後方送りとなった。
 カート達は散り散りになり、地上の各地でたらい回しにされて、それなりの戦
果をあげた。なにしろ敵は飽きるほどいるのだ。生き延びるために撃墜し続け、
気付けば彼の階級は伍長から曹長にまで上がっていた。そして、今やジオンの最
終防衛ライン、宇宙要塞ア・バオア・クーの守備隊の部隊長だ。
カートは自嘲した。おかしなものだ。自分が曹長と呼ばれるなんて。
「カート曹長、先程のギレン総帥の演説、お聞きになりました?自分は感動しま
した!身命を投げ打ってジオン独立の為戦います!」
「……そうか」
 頬を赤めて燃え立つ少年兵に皮肉げに笑って、カートは踵を返した。何故かは
判らないが、カートの心にギレン総帥の演説はあの時ほどの感銘はもたらさなか
った。
「おいっ、そこの貴様!」
「え?あ?はい。自分でありますか?」
 と。その時、耳やかましいがなり声がカートの耳に入った。戸惑う少年兵に、
がなり声は更に続ける。
「あのMSは何だ?答えてみろ」
「はぁ……?ゲルググですが……?」
「大馬鹿野郎!貴様、それでもジオンパイロットか?唐変木の出来損ないがッ!」
 ゴツンという容赦無い拳骨の音。まさか。口を開いたままのカートの背中に、
その声は尋ねた。
「貴様はちゃんと言えるんだろうな?――オカマ野郎!」
「イエッサー!」
 カートは直立して、大声で答えた。
「MS−14Bゲルググ高機動型!全高19.6m、頭頂高19.2m、本体重
量53.5t、全備重量76.8t、ジェネレーター出力1,440KW、総推
進力79,990sであります――曹長殿!」
 すると「最後だけ違うな」と声の主は楽しそうにカートの肩を叩いた。
「今は中尉だ」
 振り向いたカートに、ロデオは笑って厳めしい顔を歪ませた。無くなった筈の
新たに生えたかのごとくくっついている彼の右腕を不思議そうに見るカート。
「その腕……どうなさったんですか?」
「ああ。とある機関に実験台替わりに付けられたのさ。俺としちゃあMSに乗れ
ないんなら死んだほうがマシだからな。かなり出来はいいぞ。問題無く動く」
 と、手袋のついた右腕を動かしロデオは笑った。
「俺は貴様の近くの空域で暴れている。近くに寄ったら声ぐらいかけろよ、カー
ト曹長」
 そう言ってロデオ曹長――否、ロデオ中尉は、リックドムUに乗り込んでいっ
た。
「痛いなぁ……曹長、あの乱暴な人と知り合いなんですか?」
 頭を摩りながら愚痴を言う少年兵の頭を、カートは黙って殴りつけた。
「俺の恩師にその口の聞き方は何だ?」
「すっ……すいません……!」
「返事が違う!」
「イ、イエッサー!」
 ニヤリと笑って、カートは少年兵の背中を叩いた。
「良し、出撃だ!連邦の素人どもに遅れをとるな。いいか、俺たちはジオンMS
パイロットなんだ!」


 宇宙世紀0080年1月。ア・バオア・クーにて、ジオン公国軍は敗北を喫し、
ほどなく地球連邦政府とジオン公国との間に終戦協定が結ばれた。
 国力の圧倒的に劣るジオン軍がここまで戦況を引き伸ばす事が出来たのは、M
Sの性能だけではなく、ジオンのパイロットの腕が非常に高かったためと戦後の
歴史学者は評価している。
 だがカート・ゴントレット曹長とロデオ・ピックマン中尉の事は歴史学者は誰
も表記していない。ただ、名も無きジオン兵達の活躍のみが、僅かな人々の胸の
中に残っているだけである。



〜FIN〜


・あとがき
ガンダムエース小説大賞に無謀にも投稿した作品。
こんな内容の上に用紙サイズを間違えていれば受かるわけが無いというのは絶対100パーセントですか。
ソウデスカ。

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