ウラガナ、がんばる! その7「ウラガナ、助太刀する」の巻



 コロニー・テキサス付近で二つの艦が撃ち合っていた。
 ひとつは地球連邦の戦艦・マゼラン。もうひとつはジオンの重巡洋艦・
ザンジバル。互いに一歩も譲らず、砲撃戦を続けていた。
「敵は一隻だ。よぅく狙え……すぐにホワイト・ベースも応援にきてく
れる」
 マゼラン艦長、連邦軍ルナツー基地司令ワッケインはオペレーター達に
激励する。
 ホワイトベース隊を援護している時に、突如テキサスから現れたザンジ
バルとの遭遇戦に突入する羽目となるとは。当のホワイトベースは、ガン
ダムを収容する為にテキサスに入港している。しばらくは戻っては来ない
だろう。
 しかしマゼラン級は、連邦軍でも最大級の攻撃力を誇る戦艦だ。グワジ
ン級というならばともかく、ザンジバル級に遅れをとる事はまずない。
 だが、相手にしてるザンジバルも、ただのザンジバルではないようだ。
対ビームコーティングまでも施しているらしい。こちらのメガ粒子砲をこ
とごとく弾いている。それを操る艦長もしたたかな男のようだ。
(できるな)
 ワッケインは素直にそう感じた。
 こちらのビームの威力と、自艦の防御力を常に考え動いているようだ。
そして、こちらの攻撃にむやみに反撃せず耐え忍んでいる事にワッケイン
は気付く。
「まずい……!転蛇だ!取り舵、全速前進っ!」
(間に合うか!?)
 敵艦の目論見に気付いたワッケインの指示どおり艦が動く――と、ザ
ンジバルから四つの輝きが漏れ、こちらが先程までいた位置を掠めていった。
 大型のメガ粒子砲だ。最大出力まで溜めて放ったのであろう。
 もし、あのまま撃ち続けていたらこのマゼランとて無事ではなかったろう。
 それにしても、なんという大胆不敵な操艦か。
(只者ではない)
 その三白眼を光らせワッケインは口を開いた。
「ジム部隊を発進させよ」
「は!……しかし、整備がまだ完全では……」
「艦の生き死にの問題だ。戦力を惜しんでどうするか!」
「了解しました!ジム部隊、303から305発進せよ」
 指示通りにMS・ジムが発進するのを確認すると、ワッケインはモニタ
ーに向き直り、ザンジバルを睨みつけた。


「あれをかわすとはな」
 ジオン重巡ザンジバルの艦橋で、彼は唸る。
 目立つ赤い仕官服を着ているのもさながら、奇妙なヘルメットと目元を
覆う仮面。それでいて、その威風堂々たるたたずまい。
 なんとも人目を引く男であった。
 声からすれば相当歳若いはずだが、肩の階級証は不釣合いなほどに高い。
 シャア・アズナブル大佐。
 ジオン軍のトップ・エースとしてあまりに有名な《赤い彗星》だ。
 だが常に余裕を忘れぬ彼が、今は疲労の色がだいぶ強いようだ。
 それもそのはず。先程まで彼は後ろに見えるコロニー・テキサスで、連
邦軍のエースの乗るMS・ガンダムと一戦交えてきたばかりなのである。
 後ろから指示を飛ばすのみでなく、自らが戦線にその身を晒し戦う。彼
をカリスマたらしめている理由がそれではあったが――今回はそれが裏
目に出たようだ。
「敵艦から、MSが三機発進しました!」
「なに?……木馬を待たず、一気にけりを着けにきたか」
 シャアはレーダーを見ながら、オペレーターに言う。
「やむを得まい。私がゲルググで出よう――
マリガン、後の指示は任せる」
「はっ!?し、しかし、大佐のゲルググは修理が済んでおりません」
 副官のマリガン中尉の懸念を余所に、シャアは笑う。
「かすり傷ひとつだ。どうというダメージではない。お前は私のサポート
に集中すればいい」
「了解であります!」
 ――シャア大佐が出撃する!
 その言葉は、波紋となって兵達の顔に安堵を作らせた。
 ルウム戦役にて五隻の戦艦をザクで単独撃破した《赤い彗星》にかか
れば、マゼランの一隻など。
 勿論、乱戦状態で密集した戦艦を撃破するのと、あらかじめ距離が置
いてこちらを初めから警戒している艦を落とすのとはまるで訳が違う。
更にザクとはいえ当時は南極条約以前で核兵器が認められていた事もあ
った。その上での五隻撃破なのである。
 だが、兵達はそんな事は一切考えていない。ただ単にシャアの腕前に
頼り、期待するだけの者達がどうしてそのような事を思うだろうか。
 彼等の目にはシャアは人間ではなく超人として映っていた。
 超人が間違いを犯すはずがない。無理をするはずがない。疲労などあ
ろう訳がない。
 そんなプレッシャーを常に浴びながらもシャアはこれまで戦い抜いて
きた。だが、今回はちと辛いかもしれぬ。それでも彼にとっては局面を
切り抜ける最良の策は他に有り得なかった。ここでてこずれば例の木馬
が追いついてくるはずだからだ。
 彼もまた、己の腕に絶大なる信仰を誇っていた。いや、持っていた。
僅かではあるが、今の彼は、自分の腕に対する信仰心にぐらつきを生じ
させていた。不慣れな機体だったとしてもガンダムに退けられた事。そ
の心のぐらつきは、時として命取りになる事も有る。
 それでも他に手段はないとなればやむを得まい。
「よし、出るぞ!」
 シャアがブリッジから出ようとした時。
「待ってください、大佐」
 と、穏やかに止めた者がいた。
 長く、艶やかな黒髪を後ろに結い上げた、アーリア系の褐色の肌をし
た少女である。
 何故、こんな少女がこのようなところにいるのか?ゆったりとしたワ
ンピースを着た少女は、あたかも童話の歌姫のような優雅さでたたずん
でいる。
 「……ララァ?」とシャアは彼女の名を呼んだ。
 ララァ、そう呼ばれた少女は、ビリビリと電流のような緊張感の充満
した艦橋で、そこだけが、草花の生い茂る野の中にあるような雰囲気を
纏わせながら、シャアへ続けた。
「大丈夫です。大佐はこのまま艦橋にいてください」
「ララァ、何を言っている?」
「お願いです」
 ララァの顔が真剣な物になった。
 それはいつもの、自分を愛する少女としての不安とは趣が違っていた。
何かの確信を持った眼差しである。
 シャアが口を開き、何かを言いかけたとき。
「戦闘宙域に新たなMS反応が!これは、ザ、ザクです!」
「――ザク?」
「はい、識別信号も我が軍の物です。高速でこちらに向け接近中」
 オペレーターの言葉を聞いて、シャアは少女の方を向いた。ララァは
真摯な表情で、自分を見つめている。
 彼はひとつ頷くと、出口に背を向けた。
「判った。ララァを信じよう」
「……大佐」
 ララァは、そんなシャアへ柔らかな笑顔を浮かべた。


 敵MS出現と聞いて、ジムのパイロット達はレーダーに目をやった。
「たった一機じゃないか。今更どういうつもりだ?」
『それも、訳の判らん所から出てきやがったぜ』
『俺に任せろ!たかがザクごとき、一発で仕留めてみせらぁ』
 と、仲間のうちの一機がバーニアを吹かし、ザクへ向かって行った。
 連邦軍製MS・ジムの性能は折り紙つきだ。ソロモンでの活躍は敵の
リック・ドムとですら互角に渡り合えた程である。それは、CPUに組
み込まれた連邦のエースパイロットのデータによるセミ・オートマチッ
ク操縦によるところが大きい。いかな新兵が乗っても、敵のベテランと
互角に渡り合える機体、それがジムなのである。
 ましてやザクでは相手になるまい。
「撃墜マークが奪われちまったか」
 僚機の背中を見やって、パイロットが笑う。
 と。
 接近して射撃の間合いに入ろうとした時、ザクがいきなり加速した。
信じられない速度だ。まるで、全ての推進剤を費やしたかのような勢い
でザクは見る間に僚機との距離を詰め――至近距離からマシンガンを
ジムの腰部目掛けて集中的に乱射した。
 通信回線から響く、戦友の断末魔。
 そして四散するジムの爆炎をバックに、ザクは僅かも速度を緩めずマ
ゼランにひた進む。
『ば、馬鹿な。あんな旧式でジムを手玉に取るだと!?』
 ごくり、とパイロットは息を飲んだ。
「気を抜くなッ、こいつ……エースだッ!」
 二機のジムは、ザクへ向かってビーム・スプレーガンを向けた。


「っきゃああああああ!?なんですかぁっ!なんで戦闘なんてしてるん
ですかぁぁぁ!?」
 スラスターを全開にし、ただただテキサスを目指しているザクの中で、
ウラガナ中尉はパニックになっていた。
 膝の上には、マ・クベの壺が入った箱が抱えられている。
「しかも、なんだかこっちが不利な状態みたいじゃないですかぁぁ!?
一難去ってまた一難ですぅ!」
 泣きながらレーダーを見る。敵艦一隻、敵MS三機。対するこちらは
巡洋艦一隻だ。圧倒的に分が悪い。救助されるどころか、かえって死に
近づくような戦況である。
 と、MS部隊が一斉に自分の方に向きを変えてきた。
 このままの軌道だと、真っ先にマゼランにぶつかる方向なのだから至
極当然の行動だろう。
 第一、敵は乗っているのが素人同然の小娘だとは思ってもいない。
「ぶ、ブレーキ!ブレーキは……」
 あたふたとしながら、ウラガナは思い切り『スロットル』ペダルを踏
む。ザクは、推進剤よ燃え尽きろと言わんばかりの勢いでスラスターを
噴出させ、慣性の十分についた機体を更に爆進させた。
「な、なんでえぇぇぇぇ!??」
 強烈なGにウラガナの眼鏡がずれる。
「きゃっ!め、メガネ、メガネっ……あ!でも、壺もしっかり守らな
きゃですぅ……!」
 あたふたと手を動かしていると、もののはずみで肘が操縦スティック
の武器スイッチにかかる。
 マズルフラッシュがモニターを焼く(眼鏡の外れたウラガナには、た
だ目の前が光っているとしか映っていない)。そして、背後に何かの爆
発の衝撃波を受けた。
「あっ!な、何が起きたんですかぁ!」
 ウラガナがヘルメットのフェイスを開いて眼鏡を直した時、モニター
になぜか『敵機撃破』の表示が出ていた。
「……ふぇ?」
 何が起きたのか全く気付いていないウラガナ。だが、即座に、ビーム
の閃光が浴びせられてきた。
「ひゃあああっ!?」
 衝撃がコックピットを揺さぶる。
 ビームスプレーは遠距離では大した威力はないが、肩に被弾したショ
ックで、ザクは進行方向を変えた。
 なんとかマゼランとの激突は防げたようだ、とウラガナが目を回しな
がらもどこかで安堵していると。
(――そのままは危ないわ)
 そんな声が、どこかから頭に直接入ってきた。
「……えっ?あ、ぁきゃぁぁっ!?」
 顔を上げると、宇宙空間に漂う岩塊、小惑星が目の前に現れた。
(――それを蹴って方向を変えなさい。右に)
「こ、こうですかぁっ!?」
 姿勢制御を駆使して、ウラガナのザクは、脚部を動かし隕石を蹴りつけ
た。
 その反発力で強引にザクは方向転換し、なんとか隕石との衝突をまぬが
れる。
「た、助かりまし……」
 危機を抜けたウラガナが、謎の声に礼を言おうとして。
 目前に迫るマゼランの巨体に硬直した。今しがたの方向修正で、折角変
わったコースが戻ってしまったのだ。
「いやぁぁっ!ぜ、全然助かってないじゃないですかぁっ!あなたっ!騙
しましたねええぇ!」
(――うふふっ。大丈夫よ)
「大丈夫じゃあないですぅぅっ!こ、このぉ、あっちに行けぇぇっ!」
 がごっ
 必死で操縦桿を前後させるウラガナ。と、ザクはマゼランの艦体をとっ
さに蹴りつけて、再び方向を変えた。
 すると。後からウラガナのザクを追ってきたジムが、勢い余って、マゼ
ランに激突。無様に跳ねて、じきに小惑星にぶつかって爆裂した。
(――ほら、ね)
「ほらねって、こっちは必死なんですよぉ!って言うか誰ですかあなたは
ぁぁ!?」
(――大丈夫よ。もう少しで大佐が落としてくれるわ)
「……ふえぇ?」
 徹底的に三半規管をシェイクされて、吐きそうになっているウラガナの
頭の中で《誰か》は笑った。
 その刹那。
 言葉通りに、マゼランへメガ粒子砲の光が突き刺さった。
 ルナツー司令官ワッケインの、これが最後であった。


 シャア大佐はマゼランの撃沈を確かめると、援軍にきたザクを回収し全
速でこの空域を離れるように命令した。いつ木馬が出現するとも限らない。
「あのパイロット……やる。お陰でずいぶんと楽に勝つことができた」
 彼には珍しい感嘆の言葉を漏らして、シャアは傍らの少女を見た。
「ララァは、あのザクに気付いていたのか?」
「気付いたのではなく、判ったのです」
 小首を傾げ、ララァはそう言った。
「そういうものか」
 不思議な答えにシャアは仮面の下で眉を寄せたが、すぐに気持ちを切り
替えた。
「パイロットに礼を言わねばならんな。今どうしている?」
「はっ、どうやらマゼランの爆破のショックで気絶してしまっているよう
で――なんでも、しきりに寝言で壺がどうとか言っているそうですが」
「……壺?」
「はい。コックピットの中で、こんな物を抱えていたそうで」
 と、マリガン中尉は木星の箱を差し出した。
 シャアはその中身を見てしばらく黙っていたが、やがて箱を閉じると、
「これはそのパイロットに返しておけ」と言った。
「了解しました」
「それからな、伝えておけ。マ・クベ大佐は連邦のMSと戦い、見事な戦
死を遂げたとな」
「はっ」
「私も疲れた。少し休む。後のことは任せたぞ、マリガン」
 言い終えた後、敬礼する副官を背に、シャア大佐はブリッジを後にする。
「大佐、大丈夫ですか?」
 気遣うララァに頷いてから、シャアは廊下の窓から覗くテキサスを見た。
 ――お前はてっきり、壺にしか興味の無いやつとばかり思っていたよ。
「大佐?」
 自分の呟きを伺う少女に、なんでもないよ、とシャアは笑った。
 ゆっくりと回転し続けるコロニー・テキサスから、ザンジバルは炎をあげ
て離れていった。



次を読む



妄想工場へ戻る

動画 アダルト動画 ライブチャット