第八章   戦いの



  『U・C0079年十一月七日より、ヨーロッパ地域にて地球上における連邦軍最大の
反抗作戦が開始された。
 後にオデッサ・デイと呼ばれるこの闘いは連邦側の勝利に終わり地上のミリタリー
バランスはこの日を境に連邦優勢に傾く事となる。だがこれは同時にジオン軍の士気にも
火を付ける結果ともなった。復讐に燃えるジオンは疲れ果てた自らを鞭打ち、次々と
新型MSの製造を開始しはじめたのである。また敗残兵達の多くはアフリカへと逃げ込み、
この大陸を更なる激戦区へと変えていった』
            
 戦後の歴史評論より抜粋




 砂塵を撒き散らしながら――アフリカの広大な砂漠を二台の車輛が走っていた。
MS輸送用トレーラーの大きさは二十メートル強。車両の脇には大きくはっきりと、
地球連邦軍の表示がマークされていた。
「問題はオデッサの後だな」
 トレーラーの荷台にある兵員待機室で、椅子に腰掛けている黒髪の士官、ロンフー・
マクドナルド大尉は言った。
「物事は常に表裏一体。こちらが攻めれば、また敵方も攻めて来る」
 意思の込もったような太い眉。引き締まった口元。ぴんと張った背筋。全てが泰然と
した彼の精神を現している。
「今でこそ身を潜めてはいるが、それは奴等が反撃の為に牙を磨いているからだ――
と言うのですか?大尉」
 スペースに余裕のある待機室に二人のみの兵士の内、ロンフーの向かいに座った
ライアン・J・イーゼル中尉はそう返して眼鏡のフレームを直す。細面の優男とも
見えるライアンは顎先に指先を付けるようなポーズをとった。何かを思案する時の
彼の癖だ。
「ですが自分には地上のジオン軍にそれ程の余力があるとも思えません。事実、
地球を見限ったジオンの戦艦やロケットが次々に宇宙に打ち上げられていると聞き
ますが」
「『余力が無い』……それこそが敵対する相手の最も危険な状態と知れ、ライアン」
 ロンフーは目を閉じてライアンに言った。
「追い詰められた者は後が無き故に思いも寄らぬ行動をとる。なりふり構わずな」
「なるほど。
ではもし奴等が攻めてくるとすれば、ヨーロッパの鉱山資源の再確保を狙っての作戦
でしょうか」
 だがライアンの言葉にロンフーは首を振る。その促すような瞳で見据えられた
ライアンはしばらく黙っていたが――やがてロンフーの真意を感じ「まさか」と
眉をひそめた。
「……ジャブローに直接攻め込んでくるとでも?」
 自分で言ってからライアンは自嘲した。
「さすがにそれは有りませんね。忘れて下さい」
 だがロンフーの表情が変わっていないことに気付くと、ライアンは押し黙った。
「少なくとも私は、それが可能性として最も高いと思っている」
 大尉はそう口にしてから反論しかけたライアンの言葉を片手で制した。
「お前の言いたい事は判る。確かにジャブローは強固だ。並大抵のことで堕ちはしない
……例えジオンがMSの大部隊を投入してきたとしてもな」
 その通りだった。南米にある地球連邦軍本部基地施設があるジャブローは、何層もの
装甲隔壁と幾多の迎撃システムに守られた難攻不落の要塞だ。幾らジオンとはいえ
おいそれと手を出せるような基地ではない。いまだMSに対するイニシアチブが
ジオンにあるとはいえ、MSもけして無敵の兵器ではないのだ。
 しかし、次のロンフーの言葉はライアンの喉にくぐもった呻きを漏らさせた。
「だが、私が恐れているのは万が一奴等がゲリラでの白兵戦ないし潜入戦を挑んできた
場合だ。果たしてその場合、腑抜けた我が軍の兵達が対応仕切れるのか――?」
「……」
 沈黙するライアンを見ながらロンフーは続ける。
「この優勢にある状況下で、頑強な要塞にいるという事実がどれだけの兵の心に油断を
産むのか。そしてそこにジオンが目を付けたとすれば。地球のミリタリーバランスは
また崩れる事になるやも知れん」
「皮肉な物ですね。最も固めねばならない場所の兵士が最も堕落しているなど」
「だからこそのMS量産計画だ。兵で劣るならば装備の質と量でカバーするしかある
まい。そのための我々実験部隊でもある」
「責任重大と言った所ですか」
 そう言ってライアンは肩を竦める。
「とはいえ責任なんて全く知った事ではない奴もいるようですが」
 と、自分達のトレーラーの横を併走する、もう一台のトレーラーをライアンは窓から
覗き見た。
 ロンフー大尉は目を愉快そうに細めた。


「……しっかし本部も何考えてるんだかサッパリ判んないよなぁ。出撃を三日も遅ら
せるなんてさ。こっちの都合も考えてくれってんだ」
 よく通る声で愚痴りながら、ウインド・ハスタリ中尉は待機室のベンチに背中を
預けて窓の風景を覗いていた。
「あーあ、何が悲しくてこんな夜中にトレーラーに揺られて出撃しなきゃならないん
だ。まったく気分が滅入ってきちまうよ」
 独り言というよりそれは彼の前に座っている女性兵に間接的に話しかけているようだ。
 当のオリガ・オーガスト准尉は黙々と手に持ったファイルに目を通している。
ウインドの言葉は全て聞き流しているようだ。
「こんな時までお勉強かい?そんなんじゃ戦闘中にへばっちまうぜ、オリガ」
「気安く名前を呼ばないでください」
 慇懃無礼そのものにオリガは冷たく返した。ウインドの方を向こうともしない。
だがウインドも気にも留めずに口を飛ばす。
「後ろに積んである通信装甲車、あれも新しいタイプの奴だろ。普通四人で動かす
車をたった一人で操縦できるようになってるなんて大したもんだ。けど動かす方も
その分一人で仕事をこなさなきゃならないって事だから大変だよなぁ」
「……」
 やはり答えようともせず、オリガはファイルのページをめくっていた。
「なぁオリガ」
「気安く呼び捨てにしないでくださいと言いましたが」
「俺達はチームメイトなんだぜ?チームワークを取れるようにしないと命に関わる
じゃないか」
 ブラックブルーの髪を掻きあげるとウインドは指を立てて続けた。
「第一、そんな風にツンツンしてちゃせっかくの美貌が台無しだぜ。君はそう――
もっと笑顔でいた方が素敵だと思うけどな」
 ウインドが言い終わると、オリガが初めて顔を上げて彼を見た。微笑みをたたえて
ウインドは見つめ返す。だがオリガは冷ややかな瞳を投げかえした。
「よくもまあそんな陳腐な台詞を口にすることができるものですね。その図太さは
見上げたものです」
 鼻で笑うと、オリガは再びファイルを読む。
「ははは!きっついなぁ」
 空笑いして、ウインドは腕を頭の後ろに組んだ。彼女の嫌味など痛くも痒くもない
らしい。
 一方、彼のどこまでも軽薄な態度に苛立っていたのはオリガの方だった。《ソード・
ファルコン》――連邦軍のMS生産事情を、ひいては戦況その物を左右しかねない重要
な任務にあるこの部隊に何故ウインドの様な不真面目な男がいるのか。それが理解でき
ず、我慢ならなかった。
(幾らMSの操縦ができたって……!)
 軍隊という物は組織である。組織を動かすのに最も大切なのは規律であり、規律が
守られているからこそ、平和と秩序を守るために戦えるのだ。それがオリガの信念で
あり、事実彼女はそうしてきた。どんなに優秀な人材がいたとしても、それが規律を
乱したならば組織は内部から崩壊していく。そのよい例がこのウインド中尉だ。彼は
間違いなく危険因子であり、放っておけばこの『計画』そのものを潰してしまう
可能性がある。
「中尉。貴方には実験部隊の隊員としての自覚があるのですか?」
 しばらくの沈黙の後、オリガが口火を切った。
「お!やっと話してくれたじゃないか」
「質問に答えていただけませんか」
 窓のへりに肘を突いて外を見ていたウインドは、頬の筋肉を緩めて振り返る。
「いいとも、俺の事だっけな。好きな食べ物は分厚いTボーン・ステーキで焼き加減は
レア。スパークリング・ワインなんかがあれば最高だな。マテウスのロゼあたりが
いいね。読書はそんなに好きじゃないが映画はよく見るなぁ」
「……人を馬鹿にしないでッ!」
 ばん!とオリガは手にしていたファイルを膝に叩き付けた。わなわなとその手が
震えているのが見て取れる。ウインドは彼女の反応に大げさに怖がるように首を振った
が、そんなリアクションは、益々オリガの怒りを増大させるだけであった。
「貴方、中尉は――何千万といる兵士の中から選び抜かれた人間なのですよ!ジオン
軍を殲滅し、連邦を勝利に導くための重要な任務を与えられておきながらどうして
そんな不真面目でいられるのです!?パイロットは貴方の他に山程志願者がいると
いうのに……!」
 敵意すら露にして一気に吐き捨てるとオリガ准尉はどうにか平静を立て直し――
だが、ウインドを睨み付けたまま静かに言った。
「何故貴方がここに居るのか私には判りません。それだけです」
 そしてウインドから目を逸らすと、また沈黙した。
「……なんで俺が、ここに居るのかだって?」
 ポツリとウインドが呟く。その顔から笑みが失せた事に、オリガは気付かなかった。
「そんな俺自身にも判らないことを、君に判るわけないじゃないか」
 オリガは彼の口調がいつもと異なっていた事を見抜けなかった。怒りで冷静さを
欠いていた彼女には、ただふざけたいつもの台詞としか捕らえられなかったのだ。
すぐにウインドが苦笑して元の立ちふるまいに戻ったので、その事に気付くはずも
なかった。
「そうだなぁ、強いてあげるなら食い扶持のためかな?他の部隊より稼ぎもいいしな」
(……最低だ、この男)
 彼に対する評価を胸の内で決定づけると、オリガはもう口を開かないことを誓う。
こんな男と話しても自分の存在を貶めるだけだ。
 ふと彼女はウインド中尉の口が止まったのに気付く。ようやく黙ってくれたのかと
思ったが、何か様子がおかしい。
 横目で僅かに彼の方を見た途端、オリガは後じさった。
「!?」
 何時の間にか立ち上がっているウインドの顔が彼女の目前に飛び込んできたからだ。
 まさか、この男は私の言葉に対して暴力で返そうというのか?いや、それだけに
止まらず――
 反射的にオリガは腰の拳銃に手を伸ばしかけた。
 だが。
「……静かに」
 彼の見ている方向が別にあると知って。否、それ以上に彼の目を見たオリガは黙って
従った。
 その瞳は数十秒前までのあのルーズな男の物ではなかった。何か一つの事以外は何も
考えていない、真摯なまなざし。自分の事など全く気に留めていないようなウインドの
目に彼女は沈黙させられた。驚愕と、畏怖によって。
 ウインドはオリガの席側の窓の向こうの景色を食い入るように見つめていた。眉間に
皺を作り凝視しているその方向をオリガも見る。だが何も見えない。見える筈が無い。
舌打ちをすると、彼は早足で待機室から出ていった。
「ちょ……待……!」
 既に外に出ていってしまった中尉の後をオリガも追いかける。
 ウインドは、昇降口に面する扉を開けて携帯用スコープを使い今しがた眺めていた
方角を観察していた。高速で走るトレーラーの中に開けた扉から猛烈な風が吹き込ん
でいる。
「……きゃ!」
 吹き付ける風に体勢を崩しそうになったオリガは壁の縁にしがみつく。
「中尉――待機室に戻ってください!中尉!?」
 無駄だと半ば思いつつも、叫ぶオリガ。すると信じられぬ事にウインドは言う通りに
扉を閉めて、踵を返した。
 しかしそれはオリガの言葉に従った訳ではなかった。
「ディザート・タイプか」
 そう忌ま忌ましげに吐いてウインドは駆け足でオリガの前を通り過ぎ、車体前部の
運転席へと叫んだ。
「――敵襲だぁっ!戦闘配備につけーっ!」
「え?」
 その声にオリガは身を固める。敵襲?敵襲と言ったのか、彼は?
 「まさか」と言いかけたその瞬間。
 窓の外に強烈な閃光が走った。そして地震のような強烈な振動と轟音がトレーラー
全体を揺るがす。
「きゃああ!?」
 続くように爆発が連続する。オリガは壁にしがみついていた手を離してしまい床に
転がりかける。だがその手を誰かが力強く握って支え、引き起こした。ウインド中尉
だった。
「大丈夫かオリガ」
 そう言ってこちらを見る顔付きは、いつものアバウトなそれとはまるで違っている。
「だ、大丈夫です」
 掴まれた手を振り払って言うと、ウインドは親指で車体後部を指し示し
「出撃だ。行くぜ」と足をとばした。
「言われなくても……!」
 オリガは憤然と言い返して後に付いていく。やはりこの男は好きになれない。彼女はそう胸中で再確認した。

                  *

 ジオン公国軍の占領下にあるナイジェリア・アブジャ近郊の軍事施設内の格納庫。
そこに百人近いジオン兵達が意気揚々と群れを成していた。
 老若男女混在した彼等は、手にめいめいビール瓶を持っている。
「細かい話は祝いには無用だ」
 その中心に位置している、百九十センチ以上ある背の高い灰色の士官服の男が、
周りの兵士達を見回した。
「とにかく大いに騒いでくれ!日頃のうっぷんを一度に晴らすぐらいにな。
では――作戦成功とジオン【おれたち】に!」
 ジオン軍特務部隊《バジリスク》隊長バン・ドーン少佐は、そう言って栓を開けた
ビール瓶を片手でさし上げた。
「《バジリスク》の勝利に!」「連邦の馬鹿どもに!」「うちのポンコツに!」
「故郷のガキに!」「灰色の死神に!」「散っていった同胞に!」
 バンに続いて、それぞれ勝手に叫んで瓶を掲げる。どうやらこれがバジリスク隊式
の乾杯の合図であるらしいと悟ったウノ・アンゼリカ少尉も、それにならって瓶を
持ち上げ「我々の戦果に!」と叫ぶ。
 一通り全員の瓶が上がったのを確認すると、バンは笑って音頭を取った。
「乾杯!」
 一斉に瓶がぶつかり、堰を切ったように宴が始まった。
 オデッサ以来敗戦続きであったジオン兵にとって、アーリット鉱山基地の勝利は
一層喜びの味の濃い物であった。故郷から離れた環境も何も彼も異なる地上での長きに
渡る滞在は確実に兵士達の心を蝕んでいたのである。彼等はここぞとばかりに騒ぎ、
飲んだ。
 《バジリスク》は中心になるMS四機のパイロット達以外にも機体の整備兵や
補給兵、オペレータなどの多くの兵士達で構成されている。通常、MSパイロットや
士官は、こういった階級の下の粗野な兵士達とは別に食事を取るものであるが、この
部隊は例外のようだった。おそらくバン少佐の方針なのだろう。
「やあ!飲んでるかい新入りのお嬢さん!」
「開戦の頃から戦ってたんだって?武勇伝でも聞かせてくれや!」
 場の雰囲気のせいか、早くも顔を赤らめた兵士達がウノを取り囲む。150センチ
そこそこしかないウノは屈強な男達に囲まれるとまるで大人と子供のような差があった。
「は、その……」
 こういった空気に慣れていないウノが戸惑っているうちに、兵士達は勝手に盛り
上がる。
「いやぁー、ホントあんたみたいな人が来てくれて助かったぜ!」
「確かになぁ!なにせウチにいるアマどもときたらゴリラか熊かと間違えっちまい
そうな奴ばかりでよぉ」
「そうそう!」
「そりゃ、あたし達の事言ってんのかい?」
 ごん!と、いきなり男達の脳天にビール瓶が鈍い音を立ててぶつかった。頭を抱えて
悶絶する数名を見下ろして「ふん」と鼻息を吹いたのは整備班副長、マリアンナ・
バイエルンであった。引っ詰めた燃える様な赤髪。180近い長身のマリアンナは、
ウノの背中を押して「さぁさ、あんたはこっち」と誘導する。ウノが見ると、一角に
固まった女性兵達がこちらに手を振っていた。
「あーっ、そりゃ無いぜおかみさん!」
「そうだぜ!せっかく俺っちに巡ってきた春を!」
 背後の悲痛な喚き声に、マリアンナは一括した。
「やかましいんだよこのオス犬ども!少尉さんはあんたらと違って育ちが良いんだ。
くやしかったら昇格試験受けて出直してくるんだね!」
 大声で怒鳴り返して、にっこり笑ってウノを見下ろす。
「まったく見境無い馬鹿どもで申し訳ないね。まぁあんなでもちゃんと仕事はこなす
のさ、勘弁してやっておくれよ」
「……いえ」
 戸惑いながらウノは苦笑いを返した。
 女性兵の数は二十人弱。部隊の五分の一ほどを占める割合だ。女性兵の多くは
オペレーターなどに回されるとはいえ、中には彼女達のように一線で戦う者も例外
ではなかった。
 彼女達の前に来るとマリアンナはばしん、と彼女の肩を叩く。
「みんな注目!この子がウチらのグフを使う新しいパイロットだよ!名前は……
なんてんだっけ?」
「おかみさーん、駄目じゃん!」
 どっと笑いが漏れた。
「いいじゃないか。本人から自己紹介するのがスジってもんさ。ほらお少尉のお嬢
ちゃん、名前名前!」
「はい!」
 返事をするとウノは反射的に踵を鳴らして敬礼の姿勢を取った。
「ウノ・アンゼリカ!階級は少尉であります!皆さんの常日頃の機体の整備、誠に
感謝いたします。新任の身ゆえ至らぬ部分があるとは思いますがご了承下さい!」
 言い終わってからウノは静まり返った場の空気に気付く。女性兵達はお互いの顔を
見合わせ、目をしばたたかせ、まるで珍しい動物でも見るような視線を自分へ向けて
一斉に投げ掛けていた。
 自分は何かまずい事を言ってしまったのか?ウノがそう懸念している内に――
固まっていた彼女達の顔が緩み始めた。そして直に誰かが吹き出し始め、やがて
爆竹が一斉に破裂したように、どっと大爆笑が広がっていくではないか。
「なっ……?あ、あの、どうかなさりましたか?」
 面食らったウノが伺うが、一向に笑いの渦は加速していくばかりだ。腹を抱えて
床に蹲っている者までいる。気付けば横のマリアンナまで涙目になるほど高らかに
笑っているではないか。
「ねぇ?どうだいみんな!言っただろ、面白そうな子だって!」
「イイ!イイわこの少尉さん!ねえマジで?今のマジで言ったの?」
「アッハッハッハ、ひー、ダメ、死ぬ……苦し……誰か止めて……っ!アハハハ!」
「ふぅ、ふぅ、折角のビール吹き出しちゃった。だってあんな……プ!キャハハハ!」
「みんな!ちょっと少尉さんに失礼じゃな……う。ク、ククク……ごめんなさい、
何でもないの。気にしないで」
 今ここにMSがあれば迷わずコックピットに飛び込んでハッチを閉じ、二三日ばかり
閉じこもっていたい心境に駆られながらもウノは頬を赤らめて立ち尽くしていた。


「ほほお。だいぶ溶け込んでいるようですな、少尉は」
 ワイオネル大尉は「結構な事です」と冷やしていないビールを選んで栓を開けた。
「溶け込む、とは少し違うんじゃないか?あれは」
 バンは垂れた前髪を揺らして首を傾げつつ、スモークサーモンを口に放り込んだ。
「ん?コイツはいけるな。
おいジュウロウ、どうした?不機嫌そうじゃないか」
 テーブルに頬杖を突いてふて腐れたように三本目のビールをあおっている少年に
問い掛ける。
「気に入らねえんスよ。ったくどいつもこいつも……」
「おっ?何だ何だ、ウノ少尉がそんなに気になるのか?ジュウロウ」
 向かいで飲んでいた無精髭の整備兵が茶化すように言うと、ジュウロウはそちらに
凶悪なまなざしを向けた。
「何か言ったかコラ、ミット」
「おおっと。噛み付くなよ……しかしまあムキになる所がまた怪しいな」
「っだとテメエ……!」
 ジュウロウが掴み掛からんばかりに立ち上がると、後ろから帽子を被った兵士が
止めた。
「落ち着けよジュウロウ。確かに少尉はイイ女だがお前みたいな若造じゃ釣り合わん。
ここは黙って大人の俺達にまかせときな」
「うっせぇぞブレインズ!あんな女ハナから俺の眼中じゃねえ!勘違いすんな!」
 すると、甲高い声が彼等を振り向かせた。
「ジュウロウは、あの少尉さんにシミュレーションで負けたから根に持ってるんだよ」
 ざわ、と男達をどよめかせた声の主、コロナ・バイエルンはビール瓶を両手で包み
込むようにして舐めながら、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「てめガキ、なんでこっちにいやがる!てめえは向こうに行ってろ!」
 口を封じようとしたジュウロウを、ブレインズがはがいじめにした。
「おうコロ坊。そいつはマジか?」
「こいつが負けたって?」
「あの少尉さんが倒したのか」
「うん。本当だよー。昨日で十三戦四勝六敗三分け!」
 からかうように言って瓶に口を付けるコロナ。
「なんだおい、あの嬢ちゃん大した腕前じゃねえか」
「情けねぇなぁジュウロウ」
 口々に言われて額に青筋を立ててジュウロウは叫ぶ。
「あのアマは汚ねえんだよ!いっつもユニットを俺に集中させてくるんだ!タイマン
なら絶対負けねえっ」
「そんな事が戦場で言えるか、間抜け」
「やーいジュウロウ、マヌケマヌケ」
「ガキぃ!そこを動くなっ!」
 声を張り上げ、瓶を振り上げるジュウロウ。と、その声を遮るように更に大きな
声ががなりたてた。
「おうおうガキども!元気がいいじゃねえか!」
 先程から姿を見せていなかったバジリスク隊の名物兵士の一人、ファイエル・
バイエルン整備班長が何かを抱えてこちらに歩いてきている。どうやら何かのハード
コピーの束のようであった。
「ありゃ、さっきからいないと思いきや……」
「オヤっさん何持ってきたんだ?」
「判った。俺達のためにヌードグラビア持ってきてくれたんだろ」
「マジ?やったぜオヤっさん!」
 年甲斐に無くいつも突拍子もないことをしでかすこの整備班長は、その確かな腕前と
幅広い知識、短気だが豪放磊落な性格も相俟って整備兵達からは勿論のこと部隊の
誰からも一目置かれる存在だった。女性兵達も興味津々の目を向けている。
 当のファイエルは「ばぁっきゃろう!」と冷やかす兵士達にいつもの叱咤を浴びせる
と、ジャンクフードなどが乗っていたテーブルを片付けさせて紙の山をそこにばら
まいた。「そんな低俗なシロモンと一緒にすんじゃねえ。さァボケナスども、その
目ン玉磨き直してとくと見やがれ見て驚け!!」
  整備班長が腕を組んで誇らしげに両手でアピールする紙束の一枚を、ブレインズ
軍曹が手にして皮肉気に目を通した。そして次の刹那「こ、こいつは!?」と目深に
被っていた軍帽の鍔をあげて、声を漏らした。
 彼の態度に我も我もと飲む手を止めて集まってくる。
 それを満足そうにファイエルは眺めていた。まるで子供がトカゲの千切れた尻尾を
見せびらかすように。


「ねえー、いいかげんに機嫌直しなよ少尉さん」
 金髪を男のように刈り込んだ女性兵がからかうように手を振った。確か名前は
リンダといったろうか。
「……別に私は不機嫌などではありません」
 ウノはツンとしてナッツを噛み砕いている。誰がどう見ても拗ねているとしか
言いようがない。
「だってさぁー、ここの部隊に入ってからあんな立派な敬礼する人なんて見たこと
なかったんだもの」
 ねぇ?とリンダが振ると、他の女性兵達も同調した。
「そうそう。ウチの連中は手をちょっと挙げて終りだしさ。そりゃ少佐や大尉とか
には別だけど、あの人達もこだわんないし」
「ボウヤは敬礼なんて元々しないしねー」
 だがウノはそう話す女性兵達に憮然と主張した。
「私は軍人としてごく普通の挨拶をしただけです」
「《バジリスク》はフツーの部隊じゃないって事さ。補給兵が衛生兵を兼ねてたり、
部下が上官を怒鳴ったり。元民間人も混じってるし。ま、郷に入りては郷に従え。
慣れる事が第一さね」
 すると、マリアンナがそう言ってスープの入った皿を手渡してくる。ウノはその
器に入った料理とマリアンナの顔を不思議そうに見比べる。食べな、と目で促されて
ウノはスプーンでそれを掬って口に運んだ。
「あ……お、おいしいです!」
 思わず声が出る様な味だった。ずっとレーションか保存食かのみを半年近く口にして
いたウノにとって、それは久々の『料理』であった。
「あたしが作ったのよ。イケるでしょ?そりゃいつもこんなの食べるって訳じゃない
けど。兵隊だってお祝いに美味い物食べちゃいけない、なんて決まりはないものね」
 そばかすの目元が印象的な女性兵が笑う。
「こらポーニャ、誰が作ったって?アンタがやったのはジャガ芋の皮剥きだけで
しょうが」
「あ、おかみさんヒドいなぁ。火加減だって見てたでしょ?」
 ポーニャが言い返すとまた皆笑い出す。ウノもつられて笑ってしまった。
 思えば地球に降下する前から、こんな空気の中に居ることなど自分にはなかったの
ではないか。そうウノは思う。女性士官を馬鹿にする部下をMSの操縦で思い知らせ。
自分の体に手を出してきた上官を拒絶して最前線送りになり。そこで出会った部下達を
戦いで失い。
 思い返すほど、ウノは人としての生活など忘れていたような気がしていた。
 だが、けしてここの部隊がのんびりとした所などではない事は彼等の経歴が物語って
いる。独立遊撃部隊《バジリスク》。言わば彼等は戦場の便利屋だ。一定の場所に
とどまらず、事有るごとに戦地へ送られ戦い続ける。そこの戦いが終わればまた
新たな作戦へ。そんな任務が任されるのも一重に《灰色の死神》バン・ドーン少佐に
対する信頼なのだろう。実際ジオンは人手不足の極みにあり、彼のような自在に
動かせる駒は貴重な存在なのだから。それを思えば彼女達の陽気さも納得できる。
いつ死ぬやも知れぬ毎日を、しんみりと暮らすよりせめて目一杯悔いのないように
生きよう――そういう事なのではないだろうか。
(けれど、この場所は……)
 そうウノが思った時。
「うぉぉぉーーーーっ!!」
「マジかよコレは!?」
 少し離れた男性陣から嬌声が沸いた。


「はっはっはっはぁ!どうだテメエら、恐れ入ったか!」
 得意絶頂にファイエルはビール瓶を揺らした。
 騒ぎに釣られてやって来たバンが、遅れながらテーブルに乗っている紙を拾う。
「!これは」
 途端、前髪に隠れた目が開かれた。
「おいおいおい!コレ全っ部MSのデータじゃんか!すっげー!!」
 ジュウロウが叫ぶと同時に、女性兵達も寄ってきた。
「えー?ナニナニ?」
「うわ、本当!ほらほら皆もこっち来なよ!」
 あれよあれよという間にMSのデータ・ファイルに隊のほとんどが群がった。
「随分あるな……旧式の試作機から開発中の新型、企画書まで。まるでジオン軍MS
図鑑だ。どうやってこれを手に入れたんだ?」
 勘ぐるバン。見るほどコピーされたデータは機密性の高い代物だ。一介の整備班長が
持っていて当たり前の物ではない。
 だが中年の整備兵は何処を吹く風といった具合に、
「へ、蛇の道は蛇ってな。どうだ少佐、最高の肴だろうが、ええ?」
 バンの分厚い胸板を拳で突いた。言葉通り酒宴は盛り上がりに盛り上がっている。
整備兵やパイロットを中心とした《バジリスク》の兵士達にとって、これ程興味を
ひくものも無いだろう。
「見ろよホレ。これなんざドリルが付いてるぜ!バッカじゃねえのか?」
「かー!コイツが新型かぁ。とんでもねえ性能だなこりゃ!よくコストここまで
下げたもんだぜ」
「この辺の構造、ウチのMSに応用できないか?」
「いいなぁ、こんな贅沢な材料使ってMS組み立てたいなぁー」
「これが噂のMAってヤツかよ。しっかし、こーんなの作れるのかぁ?デカ過ぎるぜ」
「ま、量産は無理ね。設計も無茶やってるし動けて十五、六分ってトコかしら」
 口々に好きな事を呟いてデータを奪い合う彼等を見て、バンは頭を撫でた。
「……俺は戦いの息抜きとして場を設けたんだがな」
 微妙な心持ちで呟く少佐。
「こればかりは仕方有りませんな」
 そう彼に言ったのはワイオネル大尉だった。椅子に腰掛けながらこれまた確保した
データを眺めている。
「常に戦い続けてきた我々《バジリスク》です。積極的に常にこうした情報に気を
やれないようではこれまで生き残れなどしません」
「そうだったな。まぁどちらにしろ、随分と楽しんでいる事に変わりはない、か」
 頷いて大尉の側に座ると、バンは置いてあるビンの栓を指でこじ開ける。
 「さすが少佐、器が違わぁ!」実に嬉しそうに笑うと、ファイエルは整備服の
懐から別のコピーを取り出した。
「コイツは二人にだけ見せておいておきたかったんだ。ホレ」
 両手で広げて見せられたデータに、二人のパイロットはまじまじと見入った。
 紙に写されている機体はその十字型モノアイ、重厚な体躯、どれも彼等が使用して
いるMSのそれに近い。
「これはドム……?」
「いや、外見こそ酷似しているがまるで違う。カスタム機か?」
 へっへ、と笑ってビールを呷るとファイエルはもうひとつ椅子を引っ張り込んで、
どかりと座った。
「元々MS―09ドムは地上戦用に製造されたMSだ。熱核ジェット推進によるホバー
移動で重力下におけるMSの弱点、移動力をカバー。装甲、出力ともにザクやグフを
凌ぐ機体だった。コイツの性能に目を付け宇宙用に開発したのがリック・ドム。
リック・ドムのデータから更にフィードバックして開発を進めたものがドム・
フュンフ、更に砂漠地帯に適応させて改良したドム・トローペンなどがある。
その性能の程は二人が実際に知っている通りだ」
 一息に説明してからビールで喉を湿し、音を立ててテーブルに置く。
「そして――試行錯誤の末に、遂に完成したドム・タイプの最終形態!そいつが
コレよ。その名も《ドワッジ》!!」
 ばし、と軍手でコピー紙を叩く。
「ドワッジか。推力がかなり上がってるな……安定性もある」
「それだけじゃねぇ。活動時間も各段に延ばしてるだろ?プロペラントを増設した
お陰だ。兵装の幅も各段に広がっているぜ。ザクを局地用に発展させたのがグフなら、
ドムはこのドワッジってトコだな。違う形式番号を与えてもいいくらいだぜ」
「なるほど」
 神妙な面持ちでデータを見つめているとファイエルは更に続けた。
「こいつが一両日中に《バジリスク》に二機回ることになってる」
「ほう?そいつは初耳だが」
 バンはその言葉に眉を上げた。
「――急ぎだったんで報告が遅れっちまった。それともチンタラ許可ぁ取って、
他のトコに取られちまった方が良かったかね?」
「いや」バン・ドーン少佐は真摯な表情を向け、「でかした、ファイエル・バイエルン
整備班長」と言い放った。
 そう言われたファイエルの顔が、彼らしからぬ表情を作った。
 指揮官である自分が初めて耳にする輸送情報に驚かぬはずがない。普通ならば激昂
すら覚えることだろう。それもファイエル整備班長の全くの独断で決定したとなれば
越権行為で処罰を受けても全く仕方のない事だ。だがバンはそれを咎めぬどころか
「でかした」という賞賛の言葉すら彼に送ったのである。
 ファイエルはいつもと異なる、笑い声を上げぬ微笑を浮かべていた。それはバン・
ドーンという男の下で働ける事の充実感だった。
「では、改めて乾杯と参りましょうかな」
 そこにワイオネルが新しい瓶を開けて、二人の顔を見比べ言った。
「おうよ!」
「新たな戦力に」
「気の早い中年に」
 三人はそれぞれ瓶をぶつけあった。


 ウノ少尉はデータを見ながら、感心しつつも呆れ返っていた。
 前者はこれ程の種類のMSを開発しているジオンの技術力に。後者の感想はその
あまりに節操のない設計思想に対して、であった。新型のMSを開発する事は重要だ。
だが、だからといってここまで多岐の分野にわたって手を伸ばす余裕など我が軍に
あるのだろうか?もっとコンセプトをまとめ、統一性に重きを置くべきではなかった
のだろうか。そう思わずにいられなかった。そうすればもっと早く優れたMSを量産
することができたのではないだろうか?
「これだけ見ると、もうビーム兵器の一つくらいウチに配備されててもおかしく無さ
そうだよなぁ」
 そんな事を考えていると、ジュウロウが不満を吐いた。
「はっきり言ってありゃ反則だぜ。こっちの装甲なんざお構いなしに貫いちまう。
けったくそ悪ぃ」
「アンタにそんな物やっても豚に真珠だよ。もうちっと射撃の腕を上げてから言うんだね」
 リンダが息をついて返すと、コロナが白い歯を見せる。
「ジュウロウ射撃下手くそだからねー。無駄弾ばっか使うもん」
「てめえは一言多いんだよっ、ジャリが!」
「ガキって言うほうがガキなんだよーだ!」
 と、いつもの小競り合いが始まりかけた時。
「失礼致します!搬入に参りました!」
 格納庫の入り口に、数台のトレーラーが停車していた。窓から男が身を乗り出して
こちらを見ている。
「ああ――それならこっちだ」
 補給担当らしき兵士が親指を立てて促す。
「ブレインズ、チュート、マアチ、ガレットの班の奴等!お前らも来い。一端飲むのは
止めだ」
 愚痴りながら数人が搬入に向かう。おそらく飛行場に着陸させてあるガウへ運ぶの
だろう。頻繁に出撃する《バジリスク》に於いては補給も欠かせぬ重要な任務なのだ。
「ええ、少々値が張りますがよろしいですか?」
「かまわんかまわん。この戦時下で贅沢は言えんよ。それで他には……」
 搬入作業をしている横で、運んできた男と補給兵が色々と交渉している。風体から
軍の者ではなく民間企業の者と知れた。アフリカのような戦力が入り組んだ地域や
中立地帯ではこのような商売が幅を利かせることはウノも良く知っていた。
 彼等なりの生き残るための選択なのだろう。だがどちらの陣営にもつかぬ生き方
には常にどちらからも敵視される危険性も孕んでいるのだ。そしてウノも、彼等の
ような商人にどちらかと言えばよからぬ印象を抱いていた。
「世の中いろんな奴がいるって事さ」
 そんなウノの心境を察したか、マリアンナが言う。ウノは「そうですね」と目を
データに戻した。言った所でどうしようもない。それが判らぬほど青くはない。
「どうしたのボク?」
 ふと、リンダの声にそちらを向く。
 彼女の前に幼い子供が立っているではないか。おそらくトレーラーから出てきた
であろう。日に焼けた少年は興奮した顔で周りを見ている。
「セロ!お前車から降りるなと言っただろう!?」
 責任者らしき男がそれに気付いて、慌てて走ってきた。
「す、すみません!どうも失礼を」
「構わないわよ。アンタはとっとと話済ませちまいな。この子の面倒は任せといて」
 リンダが横に手を振ってジェスチャーする。男は再び「すみません」と頭を下げた。
「こちとらにもガキがいるから、相手には丁度いいんじゃない?」
 腰に手を当てて大仰に振り向くリンダに、ジュウロウとコロナはそれぞれを肘で
突っつきあった。
「ボク、歳はいくつ?」
「九歳!」
 伸びきったシャツとぼろ布のようなズボンの少年は、はにかむように答えた。
「MS好きか?」
 セロというらしき少年が格納庫の中に立っているMSの方を見ているので大体
興味の対象は判っていた。案の定、こくりと頷く。
「僕も大きくなったらMSに乗って、エースパイロットになるんだ!」
 無邪気に発せられた言葉にジュウロウが面白そうに近づいた。
「おう、MSに乗りたいのか?」
「うん!お兄さんパイロットなの?」
 途端に目を輝かせるセロ。尊敬のまなざしを一心に浴びて胸を張るジュウロウ。
「そうよ!」
 セロは「うわぁ」とジュウロウの方に走っていく。
「エースパイロットなの!?」
「あたぼう……」
「違う違う、コイツは駆け出しもいいトコ!」
 ジュウロウの口が動いているうちに周りから野次が飛ぶ。
「こんな奴の話なんて聞いても面白くないぞ」
「そうよ、ここの真のエースとは格が違うわ」
「てっ、てめえらぁ!」
 それを聞いて「ええー?」とセロの足が止まった。
「じゃあエースは誰なんですかー?」
 皆が笑って、少し離れたテーブルを指した。三人で話しながら飲んでいるバン達の
方を見てポーニャが頭に手をやって「あそこにいる大きな人よ」と教える。
「握手でもしてもらってこいよ」
「見た目は怖そうだけど、いい人だから」
 セロは「はいっ」と元気良く答えて走っていった。
 小さな背中を見送りつつ、ジュウロウが不平を唱えた。
「俺だってエースなんだぜ。もう五機以上なんざとっくに落としてるんだからよ」
「じゃあんた少佐に勝てるの?マグレでも」
「……いや、それは……」
「なら、子供の夢を壊すんじゃない。本物のエースと会わせてあげなきゃな」
 『本物の』を強調されてジュウロウは「ち、判ったよ」とスープをかき込んだ。


「そんでだ!今度のジオニックの新型量産機にゃツィマッドのスラスターが使われる
らしいんだよ」
「ほお」
「馬鹿にするんじゃねえ!そう言ってやりたいね俺ぁ。人に頭下げて頼むってんなら
ともかくだ。手前の都合で人様の製品を組み込んでおいて自分で作りました、って
言い張るなんざ盗人猛々しいにも程があらぁ。そうだろ大尉」
「なるほど」
「ったく、お上からのご達しだから泣く泣く従ってるんだろうがよ」
 酒が入っていてもいなくてもファイエルの口は良く動く。むしろ酒を口にするために
いつもよりテンポが緩む方か。ワイオネルはと言えば彼もまた古くから軍籍に身を
置き、MSに止まらぬ広い見識を持っているためにファイエルの話に難なくついて
いく。もっぱら聞き手に回る形になってはいるが。
「ところで少佐、なに見てるんだ?」
 ひとつのデータをずっと熟読しているバンに、ファイエルが呼び掛けた。
「ん?いや」
 ファイエルに気取られて、照れ臭そうに頬を掻くバン。
「ソイツが気になるのか?」
「面白い設計だ」
 バンが答えると、ファイエルは手を伸ばして皿からスモークサーモンを摘んで噛み
千切り、ビールで流し込んだ。それから「拠点強襲用に開発されたMSでな」とどこか
重い口調で呟く。
「企画段階で色々とモメたらしいぜ。まぁ見りゃ判る通り無茶なスペックだからよ。
結局おジャンになった。設計思想だけ別の機体に引き継がれて……ん、お。あった
あった、こっちのコレだ」
 紙束から差し出されたデータを受け取りバンはそれらを見比べる。
「なるほど。だが装甲が薄くなったな」
「一撃離脱が設計思想だからな」
「だが、この能力をそれだけにするのは惜しい。もし俺ならば――」
 そこまで言った時「おや」とワイオネル大尉の何かに気付いたような声に、バンは
口をつぐんで大尉の視線を追った。
 ほんの小さな少年が、息を弾ませてこちらに走ってくるのが見えた。おそらく今
し方のトレーラーに乗っていたのだろうが。
「子供が来ますな」
 そういって瓶を置く大尉。ファイエルはへへ、とサーモンのかけらを口に放った。
「お前さんにサインでもねだりに来たんじゃないか?エースさんよ」
「よしてくれ」
 バンは苦笑し、子供の方を向いて立ち上がった。
 子供は彼等の前で立ち止まると「こんにちは!」ぺこりと頭を下げた。
「あっ、あの……エースパイロットさん、ですよね!」
 子供が来た方向では部隊の他の人間がこちらに手を振っていた。
 大きな瞳に見上げられ、バンは子供のそのまなざしと視線を重ねた。
「賢いな」
 とだけバンは言った。聞こえるか聞こえないかの言葉だった。
 そして。
 一歩踏み込むと――強烈な勢いで軍靴の爪先を幼い少年の小さな腹にめり込ませた。
まるでサッカーボールのように、蹴り飛ばされた少年の体が宙を舞い。硬い床に音を
立てて転げ落ちた。
 その場にいた全員の表情と思考が固まりかけた、その刹那。バン・ドーン少佐は
格納庫全域に怒号を響かせた。
「――ゲリラだ!!そいつらを捕らえろっっ!!」
 数瞬後。銃声が、鳴った。

                *

 オリガ准尉は新型通信装甲車両の中で震えていた。
 初めて参加する最前線の恐怖に――ではない。その逆だった。
「……こんな、ここまでの部隊だなんて……」
『こちらS2。敵機、撃破【ヒット】』
『S3だ、落としたぜ!記録ヨロシク!』
 次々に送られてくる味方からの通信の度に、戦場に爆煙が上がる。オリガの前に
備わったモニターには各機の現在の状況が常に伝わるようになっているが、さしたる
損壊は送られてこない。
『S1よりプリースト、現在の敵残存兵力を送ってくれ』
 作戦名【コードネーム】で呼ばれたオリガはなんとか平静を保ちインカムに答える。
「せ、戦車四両、航空機ゼロ、MSゼロ・・・ギャロップ級陸船艇が一隻です」
 襲撃前には戦車十二両、MS五機だった敵部隊が三分足らずでこれか。オリガは
額の汗を拭った。
『よし……S1より各機。ギャロップに攻撃を掛けるぞ』
『S2了解』
『S3、了解!』
 オリガはすかさずメインカメラを最大望遠にして離れた戦場を映した。
 ジオン軍陸上戦艦《ギャロップ》が、まるで小山の様な巨体を突進させていた。
 その唸るミサイルとビーム砲の弾幕の中を三機の白いMSが馳せる。
 と、赤い閃きが内一機から放たれてギャロップに付けられたメガ粒子砲を破壊した。
『S2、敵機ビーム砲、破壊【ヒット】』
「こ、こちらプリースト。敵主砲の破壊を確認しました」
(なんて正確な射撃……!)
 オリガの見る限りでは、S2、ライアン中尉はほぼビームライフルの一射撃
【シングルショット】で敵を撃破している。後日この際にS3のハスタリィ機が相手を
誘導していることを知ったが、この時は気付いていなかった。
 狙撃されたギャロップの攻撃が、S2に集中する。だが、砂塵を撒き散らしてホバー
走行するギャロップの横腹に何かが駆け込んでしがみついた。シャープな形状の
ガンダム、S1機だ。S2に気が逸れる一瞬を計算に入れてその機動性で戦艦に取り
付く。ロンフー大尉が瞬時に描いた作戦通りの展開であった。
 マニピュレイターでしがみつきながら、ロンフー機のガンダムがビームサーベルを
抜く。ギャロップは振り落とそうと必死になっているのが見て判ったが、ロンフーは
砲台の角度も頭に入れた上で取り付いていた。無情にも弾は当たらない。あげく、また
S2のビームライフルが連装ミサイルを破壊した。
 そしてガンダムが手に持った、強烈な紅の蛍光がギャロップに突き立てられ、
エンジンを引き裂いていく。火花を散らして遂にギャロップは動きを停止させた。
「ギャロップ……完全、停止」
『よし、ではこれより残存戦力の殲滅に移る。各機散開!プリーストはギャロップに
向けて降伏勧告を打電だ』
『了解』
『了解っ』
「プリースト、了解しました」
 ほぼ無傷で敵の奇襲を掃討してのけるとは。のみならず無力化した上で敵将校をも
捕虜にする。これは高性能MS、ガンダムの機能のお陰というだけでは、断じて無い。
この実験小隊《ソード・ファルコン》を見くびっていた事をオリガは息を飲んで
自覚した。
(このデータが採れれば、私は――)
 胸の内に沸き起こる『何か』を押さえながら、オリガ准尉は回線を開いてギャロップ
のブリッジに降伏勧告を送信していた。
 直に敵が殲滅され、敵の将兵が降伏を承諾してくる。
 三体のガンダムは通信を受けると、輸送トレーラーの退避している地点まで悠々と
凱旋していった。
『やれやれ、これから続けて作戦に移らなきゃならないのかよ』
『仕方ないだろう。こちらの都合に合わせる敵なんざいないからな』
『ったく、そこをなんとかしてくれないかね』
 相変わらずハスタリィは無駄口が多い。あの働きを見た後では確かに溜飲は下がった
ものの、それ以前の事を思うとやはり腹立たしかった。
『プリースト。輸送トレーラーに、弾薬の補充の準備をさせておいてくれ』
 S1からロンフーが通信を送ってきた。
『整備作業を終えてから、再び作戦区域へ向かう』
「了解しました」
 出迎えるように走行してきた輸送トレーラーに、鉄屑の残骸と黒煙を掻き分けるよう
に《ソード・ファルコン》は向かっていった。
 
               *

 《バジリスク》の兵士の反応は素早かった。バンの声と共に一斉に銃を抜き、また
側にいる相手を取り押さえ、抵抗する者には容赦なく発砲した。
 奇襲であろうとなんだろうと、素人と軍人の差が如実に結果として出たという事か。
また、何の疑いも無くバンの言葉に従うことのできる、兵達の彼への信頼の現れでも
あり、整備兵や補給兵でもありながら白兵戦にも回されるという彼等の特種性の所為
でもあったかもしれない。
 バンの蹴りを受けて昏倒している少年の身体検査をしていた兵士が奥歯に仕込まれた
発火装置を発見した。
「腹部に手術後があります」
 そうとだけ痩せた兵士――カンツという医療兵であると後で聞いた――は言った。
「やはりな」
 バンは頷く。その表情から何を考えているのかは判らない。
「トラックにおそらく爆薬がある。気をつけて解体しろ」
 指示を出し、両手を頭の後ろに組まされ立たされているゲリラ達に目を向けた。
そしてその前に歩み寄る。兵士達は依然彼等に銃口を向けたままだ。
 彼等は憎しみの籠った呪うような眼をバンや他の人間に投げ付けている。
 少し前までのにこやかな顔が幻のようだ。ウノはその目を見て思う。
 油断を誘い、その虚をついて襲い掛かる。まさにゲリラだ。だが、察知できればそう
怖いものではない。油断こそがゲリラの最大の武器というわけだ。そして彼らは実に
巧妙であった。ウノを含めて部隊の殆どが彼らをゲリラだと感じる事はなかったのだから。
(少佐は、どのようして見抜かれたのだろう?)
 バン・ドーンは、手が届くほどの距離までゲリラに近づくと
「……で?」
 とだけ、尋ねるように言った。
「くたばれ、ジオン!」
 その問いに、最も前にいた長髪の男が叫んだ。
「てめえらのせいで何人の人間が死んだと思っぶぇげッ」
 言い終わらぬうちに、長髪の男が横に三メートルほど飛んだ。バンが横に凪ぐように
拳を男の側頭部に叩き付けたのだ。鼻から血を噴き、男は不様に転がって白目になって
痙攣する。その腕力に思わずゲリラ達は後じさった。
 垂れた前髪の間から、バンの険しい眼が二十名弱のゲリラの顔を見回す。それから、
こう問い掛けた。
「リーダーはお前か」
 彼が指名したのは、中でも年若い青年だった。眼鏡をかけ、真中で揃えた髪を分けている二十前半の男。どことなくひ弱で、先のバンの行為にあからさまに怯えていた青年だった。
「ッち、ち……違います!ぼぼぼぼ僕じゃないっ!」
 青ざめた男は必死になって首を振った。本気で恐怖しているようにしか見えない。ましてゲリラの頭目などとは。
 だがバンは黙ってその男を凝視した。
 十秒――
 二十秒――
 そして、三十秒経った所で、ポツリと青年が呟いた。
「どうして、判った」
 バンは面白くもなさそうに言った。
「何故だと思う?」
「殺すのか、僕達を」
「知らんな。ここの基地の奴等に引き渡すだけだ。銃殺になろうが拷問を受けようが、
それはここの責任者が決める事だ」
「やれよ」
「なに?」
「やるならやれ!今すぐに!」
 青年は形相を変貌させると、怨嗟の声を咆哮させた。
「焼けたナイフをケツに突っ込め!裸にさせた女の子を、親の前でマシンガンで
撃ち殺せ!目隠しにした人間をリンチにしろ!家族を家に閉じ込めて生きたまま
焼き払え!お前らがいつもやってる事だろうがっ!
違うなんて言わせないぞっ!お前らジオンは――最低のクソ野郎どもだ!」
 歯を剥き出し、鬼の如き表情で吐かれた呪詛にも似た叫びを受けて。だが、バンは
反論もせず「そうだな」と頷いた。
「そして、そのクソ野郎を殺すために子供の体に爆薬を埋め込んだ。実にいい
アイディアだ」
「お前らにそんな事を言う資格はない!この虐殺野郎!お前らが戦争を起こしたから
……!」
 と、バンは「お前達」とその罵声を遮った。
「何のために俺達を殺そうとした?」
 眼鏡の男はその問いに口を詰まらせた。
「名誉か?虚栄心か?それとも、金か?ありえん話じゃないな」
「違うっ!」
「ほう、では何だ」
 男は唇を血が出るほど噛みしめ「守るためだ」と返した。
「僕は!僕達は、そのために……!貴様等を殺しに来たんだっ!よく覚えておけよ
ジオン!僕達が殺されても、いつか必ずまた僕達のような人間がやってくるぜ……
お前等を殺しになっ!」
「ああ、判った。お前は正しい」
「!?」
 バンが発した言葉に、眼鏡の男――否、ゲリラ全員がバンを見た。
「ば、馬鹿に……!」
「してなどいないさ!何故ならお前達は俺達と同類だからだ!」
 突如、バンが笑いながら叫んで、ゲリラ達を見回した。その爛々としたまなざしに
ゲリラどころかそれを見ていたウノまでも息を飲む。
「自らの自由のため、あるいは仲間のため、生き残るため。己の手で誰にも頼らず
立ち上がった!己よりも巨大な相手に打ち勝つために手段を問わず!どんな汚いことも
厭わず!考え得ることは悪夢のような事まで何でもこなす!何でもだ!子供の体内に
爆弾を埋めることだろうと、コロニーに毒ガスを流して地球に落とす事だろうと何でも
だ!何故か?何故そこまでするのか!?」
 背筋を伸ばし、手を振り、その体躯に相応しい声量で一気に言い切ってからバンは
「――そうだ」と彼等を見下ろした。
「綺麗事をぬかしても勝たねばなんの意味も無いからだ。特にこと戦争とは、な」
 く、く、く。体を曲げて愉快そうに笑い、バンはゲリラに優しく言い聞かせるように
言った。
「そうだ。お前等は正しい。俺達と同じ様に、だ。残念ながらお前等の作戦は失敗
したがな。そして理由の正しい正しくないに関わらず、敗北は敗北に過ぎん」
「…………」
 あっけに取られたように、ゲリラ達は笑う長身のジオン将官にを凝視した。
「連れて行け」
 笑いが醒めると、バンは表情消して促した。何時の間にか格納庫の中に入っていた
基地の兵士達が反射的に我に返り、任務を思い出したようにゲリラ達を連行した。
ゲリラ達は皆うなだれ、さしたる抵抗も無く従った。
「……違う……!」
 ただ一人、ぽつりと呟いたリーダーの青年に、再び真顔に戻ったバンは言った。
「最後に教えてやるよ。俺が見抜いたのは、お前とあの子供が初めから死ぬ覚悟の目を
していたからさ。さぞ優秀な兵士になったろうな、お前もあの子供も。じつに惜しいな」
 バンの言葉を受け取った青年は、ハッと顔を上げた。それから、その顔が次第に
ぐにゃりと歪んでいく。
 格納庫を出る間際。彼は、声にもならぬ獣染みた悲鳴をあげた。


 パーティーは当然流れてしまい、半日のみの休息を全員許可された。《バジリスク》
の他の隊員はあのような事の後でも全く気にはしていないようだった。ゲリラなど、
地上では珍しくない。良くある事のひとつに過ぎない。そういう事なのだろう。ウノも
その後女性兵達と飲み直したが、その日の就寝前にふと考えた。ジオン公国独立のため
の、この戦争とは?果して、自分達のしている事とは?そんな事を考えたのはかなり
前の事だったように思う。
 だが満足する答えなど出なかった。
 結局ウノは明日の出撃の為に寝る事を結論にした。
 自分はあくまで軍人なのだ。任務を優先にせねばならない。明日の作戦のために
体力を温存せねばならないのだ。
 ウノはふと窓を見る。
 サイド7で見る姿とは違う月が、そこに静かに輝いていた。



 第八章   戦いの理屈   了


 第九章   敵はガンダム・タイプ  に続く



・あとがき

 なんつーか最近のゲームオリジナルのジオンキャラはちょっとクリーンじゃないかなあとか
思ってしまうのですよ。
まがりなりにもコロニー落としをやった側の人間であるわけですから、その辺を、こう。

 それとジャブロー攻略が失敗したのはあの赤い大佐が分を弁えずあんな派手な格好で
アカハナ達についてったからだと思っています。
というかなんであの若造はカスタマイズした出力放熱量抜群のビーム兵器付きMSで
潜入するんでしょうか。せっかくのアッガイのステルス機能も台無し!

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