第七章   蒼穹の騎士



『こちらアロー2。周囲異常無し、どうぞ』
「こちらアロー1。アロー2、引き続き索敵を続行せよ、以上【オーバー】」
『了解』
 ホー・ベス中尉は通信を終えると乾いた唇を下で湿した。そして窓の外の風景に目を
やる。
 相も変わらず同じ光景だった。
 太陽に照らされ、眩く輝く雲に照らされながら、青き大空を行く航空機の群れ。
 輸送部隊ミデア七機を守る為に駆り出されたのは、ホー・ベス中尉のジェット・
コアブースター戦闘機部隊五機に加え、セイバーフィッシュ戦闘機部隊十八機。計三十
機の機影は、リヤド基地を離陸して以来二時間、一糸乱れる事無く地上五百メートルを
進行している。目的地が最前線アフリカの地だという事を考えれば、けして多すぎる部
隊ではなかった。
 目指すハルツーム基地へ紅海を越えて行く空路。ホー・ベス中尉はヨーロッパ、東南
アジア戦線で激戦をくぐり抜けたパイロットだったが、アフリカへの任務は初めてだっ
た。
(もう少し高度を上げた方がいいんじゃあないか?)
 ふと編隊の陣形を見てそんな事を思ったが、指揮権はミデア輸送機の補給部隊士官に
ある。離陸する前に見た印象は、階級が下の者を全て見下しているような尊大な顔付き
だった。こちらが何を言おうが聞きはしまい。いや、逆に怒りを誘うだけではないだろ
うか。
「所詮パイロットは使い回しってか」
 ぼやくが、言うほど気にはしていない。彼にとっては戦闘機に乗れるこの瞬間こそが
何よりの喜びであり、それ以外の事に興味など無かったからだ。
 おや?と、ホー・ベスは雲間の向こうに、雲とは異なる光の反射を視認した。途端に
顔付きが変わる。高鳴る鼓動を押さえながら、ミデアに通信を送った。

『アロー1からロック1へ。二時の方角に敵機らしき影を確認。繰り返す、二時の方角
に敵機らしき機影。どうぞ?』
 その報告に、補給部隊長テコイ大尉は息を飲んだ。
「む、て、敵か!?」
 隣の操縦席のパイロットに、レーダー確認を急がせる。
「は?しかしレーダーに反応は有りません」
 肥満ぎみのパイロットは言われてレーダーを覗き込みつつ言う。
『このミノフスキー濃度で、レーダーは役に立たん!視認で確認しろ!そちらの指示を
請う、以上【オーバー】!』
 テコイ大尉は慌てて双眼鏡を取り出して言われた方角を見た。そしてすかさず掛けて
あった通信機をもぎ取り、怒鳴り立てる。
「二時の方向に敵戦闘部隊を確認ー!総員戦闘準備だ!!なんとしても物資を守れぇ!」


「『物資』じゃなくて『アンタ』をだろ?」
 せせら笑いながらホー・ベス中尉は機体の増糟【プロペラント・タンク】を切り離す
と操縦桿を引いた。
 ――安心しな、言われなくても守ってやるよ!
 ホー・ベスらの駆るジェット・コアブースター、セイバーフィッシュは旋回しつつ敵
編隊へと方向を修正する。誰が撃つともなく、閃光が幾つも打ち出され、交錯を始めた。
「HOOOO!」
 沸き立つ闘志を全開に溢れさせ、ホー・ベスはコアブースターを突貫させ、敵ドップ
型戦闘機と擦れ違いざまにレバーのバルカン発射スイッチを押す。
 パッと炎を吹き上げて舞い散るドップの爆発を感じながら、ホー・ベスは既に次のタ
ーゲットをロック・オンしていた。コアブースターから二条の輝きが直線を描きドップ
を貫く。ターゲットを破壊したビーム砲の余韻は、そのまま後ろにいたもう1機のドッ
プのエンジンを掠め、爆発させた。
「ヒュウ!」
 思わぬ一撃に自賛する。だが左側面から迫るドップが機銃を放ってきたため、素早く
機首を下げた。
「っと危ねっ……な!」
 ホー・ベスは通り過ぎたドップへとスロットルを倒し、機体を捻り込んだ。運動性の
劣るドップはたちまち追いつかれ、背後をホー・ベスのコアブースターに取られる形に
なる。
 お返しとばかりにホー・ベス機の機銃が唸った。ドップはたちまち機体を四散させ、
破片を地上に散らしていった。
(敵はいつものドップ……それにドダイか)
 広がる様に戦闘を繰りひろげる両陣営の機種を視野に収めるホー・ベス。すると、通
信が入った。
『アロー3からアロー1!ファット・アンクルを発見、十時の方角です!』
(ファット・アンクルだと?)
 ホー・ベスの鳥並みの視力は、紅海に差し掛かる辺りから一回り大きな機影が向かっ
てくるのを捕らえた。確かにジオンの輸送機、ファット・アンクルだ。
 ホー・ベス中尉は「MSかよ!」と舌打ちした。
 確かファット・アンクルにはMSが三機機ずつ搭載可能な筈だ。更に、MSの空戦サ
ポート機としても名高いドダイがその回りに控えているとなれば、まず間違いは無い。
MSの攻撃力は現存するいかなる兵器をも上回る。
「アロー1より各機へ!ファット・アンクルをやるぞ、MSが出る前に!」
『了解!』
 ホー・ベス達のいる位置からファット・アンクルへの距離は約二千四百メートル。
メガ粒子ビームの有効射程距離を考えれば、撃破は可能だ。
 操縦桿を握り締め、全力で飛ばそうとした瞬間。
「!?」
 雲を突き破って、上からドップが姿を現した。反射的に機体を躱すホー・ベスだが、
機銃の斉射を幾らか浴びてしまう。
『邪魔だぁ!』
 通信機の向こうから無線を切っていなかったのかアロー5、トムスの声が聞こえる。
ドップはミサイルを浴びて爆発した。
『……アロー1!中尉!て、敵が!』
「しまった!」
 ファット・アンクルのハッチから、MSがドダイに飛び乗るのをホー・ベスは見て歯
がみした。
 だがそんな事で絶望するほどやわな神経はしていない。どんな状況でも、彼の頭脳は
無意識に状況判断を行っていた。
(MSはグフ。乗っているのはドダイの改修機ドダイUか)
 と、いきなりグフは左腕から長く突き出した銃器をこちらに向けて、猛烈な勢いで撃
ち出した。75mm長砲身回転式機関砲【ロングバレル・ガトリングガン】。その弾丸は
コアブースターと言えど容易にスクラップに変える。
「くぅ!」
 さすがに距離が離れているために、全機食らう事無く回避する。相手もおそらく威嚇
のつもりで撃ったのだろうが。
 ふと、ホー・ベスは敵の機体がグフ、ドダイともに鮮やかな青緑に塗られていること
に気が付いた。
(……青緑に塗られた、ドダイのグフ編隊?)
 その姿に、ホー・ベスはある名前を連想させた。
(!そうか……奴等がアフリカのエース《蒼騎士》のグフ部隊!?)
「敵はあの《蒼騎士》だ!気をつけろ!」
 叫びつつ、だが何か違和感があることに気が付いた。
『何だ……あのグフの後ろのMSは?見た事無いぞ』
「なに?」
 見れば、確かにドダイに乗った三機のMSの内、前の二機の後ろに控える機体は見た
ことのないタイプだった。今までのどのMSとも異なる、まるで中世の騎士が身に着け
た甲冑の様な奇妙なデザイン。
『確かジオンにビーム砲を使う新型MSが出たとか言うぜ』
『ああ。ゲル……何とかって奴。あれがそうか?』
「どちらにしろ強敵には違いない!気を抜くな!」
 ホー・ベスは誰に言うともなく「けして正面から攻めるなよ、いいな!」と叫んで機
体を翻していった。


 MSは本来、宇宙空間に於いての戦闘を目的として建造された兵器である。重力下に
あっても空間戦闘では比類無き力を発揮する。例の一つを挙げるならば、戦闘機は常に
真正面の敵に対してしか攻撃を仕掛けられないが、MSならば『手』の向く方向全てに
狙撃が可能という点だろう。これは空戦では大きなメリットだ。届かぬはずの角度から
戦車砲並みの攻撃を受けるパイロットの恐怖は並の物ではない。
 それでもホー・ベスもこの戦争を生き抜いて来た勇士である。MSと会敵し戦闘した
のは一度二度では無い。あの悪夢の如きオデッサ戦においても、撃墜される事なく生き
残ったという自負がある。上手く敵の狙撃をいなしながらチャンスを伺っていた。
 だが敵もホー・ベスの駆るコアブースターを手強しと見るや、照準を変える。グフの
ガトリングガンの吐き出す弾丸の嵐が、友軍のセイバーフィッシュを次々と撃ち落とし
ていった。
(やはり、手慣れている)
 敵の手際の良さにホー・ベスは唇を舐めた。
 ――面白い!
「アロー1から各機へ!一つ目野郎どものバックを取る!4、5は敵の注意を引きつけ
ろ!」
『了解!』
 更に自分についてくる二機へ叫ぶ。
「アロー2、3!野郎の下を潜り抜けて上昇だ!」
『了解!』
「狙いは、後方の新型MSッ!」
 指示と共にレバーを前に倒して急降下。グフがガトリングで撃って来るが、スピード
に乗ったコアブースターには届かない。
 遅い!と強烈なGに耐えながらもホー・ベスは胸中で笑う。重力下ではMSの機動力
は戦闘機に劣る。そしてそれを利用するのがホー・ベスの、否、戦闘機パイロットの常
套手段だった。
 乗っているドダイに遮られ出来た死角を突いて、ホー・ベスらコアブースター三機は
更に速度を上げて鋭角に上昇。一気にMS部隊の上を取った。
「アロー2、3、用意はいいな!」
『いつでも!』
『はっ!』
「GOーーーッ!!」
 合図と共にホー・ベスらは新型MSの背後上部から突入していった。
 全身にかかる高圧に体を震わせながら、ターゲットサークルを新型MSの乗るドダイ
に照準する。MSの装甲を貫けずとも、これさえ破壊すればMSはこの高度から落下す
ることになる。そうなれば後は紅海に墜落して、二度と上がることは無い。
(くたばれっ、ゲル何とか野郎!!)
 メガ粒子ビームの引き金を引こうとした時。
(!?)
 その新型MSの頭部にはしった切れ込みの中で、不気味な赤い光が
 ぎゅるっ
 と後頭部に走った。ジオンMSの特徴と言うべきモノ・アイカメラの光は、体を前方
に向けたままで背後のホー・ベス達を捕らえていた。
 ぞわりっ
 ホー・ベスの肛門から脳天まで悪寒が駆け抜けた。パイロットスーツに包まれた汗だ
くの皮膚が総毛立つ。
(ヤバい!)
 訳の判らぬただ強烈な恐怖が、いかなるGにも耐えきるホー・ベス中尉の鋼の精神を
打ち負かした。即座にスロットルレバーを横に倒して方向転換。
 と――ホー・ベスは自分の機体の隣を何か巨大な物体が掠めて行くのを垣間見た。
ホー・ベスにはそれが何なのか判っていた。
「な……!?」
 彼の常識から言ってそれは驚愕に値する事だった。事も有ろうか、MSはドダイから
自らを切り離し、のけ反るように後ろ向きにジャンプしたのだ。しかし、そこまでなら
ホー・ベスも、度胸の座った奴または愚か者と笑って的にした事だろう。
 問題なのはスピードだった。
 明らかに今までのMSとはレヴェルの違う推進力。安全圏内に居たと思っていたホー
・ベスの位置を、MSはあっさりと通過してのけた。
 そして、ホー・ベスは次にそのMSが手にしている物を見て、叫んだ。
「よ……!」
 だがホー・ベスが「避けろ」と言い終わらぬうちに。すでにMSはその構えたビーム
サーベルを一閃させ、ふたつのコアブースターの機体を両断していた。
 煙と火炎を伴って爆裂するコアブースターをバックに、足部と背中のバーニアで体勢
を修正するMSの下ヘ、示し合わせたようにドダイUが合流し再びその背に乗せる。感
嘆せんばかりのコンビネーションだった。
「レイズ、オスカー……あの野郎!」
 ホー・ベスは仲間を失った悲しみを憤怒に変え、ビームを撃つ。だがドダイは上昇し
てそれを避けた。と、腰を捻った新型MSがビームサーベルと逆の手に持った円盤上の
シールドをホー・ベスに向ける。途端にシールドの中心部から突き出した突起から、連
続して弾丸が牙を剥いた。
(あのシールドは武器兼用って訳かい!)
「当たるか!」
 旋回して、ホー・ベスはマシンガンを躱す。しかし。
「!」
 その方向にグフがガトリングガンを構えているのを見てレバーを逆に倒し、機体を更
に斜めに捻り込もうとした――したが。
(バーニアが!?)
 操縦桿を倒せども動かぬ自機の後ろを向き、ウッと呻く。機体後部、右ブーストエン
ジンに裂け目が入り、黒煙を吹き上げているではないか。
(あの新型と、さっき擦れ違った時に……!?)
 グフのガトリングガンが、無情に回転する。
「ぉおああぁぁーーっっ!!」
 ホー・ベス中尉の断末魔はガトリングの銃声とエンジンの爆裂にかき消され、聞くも
のはいなかった。


 テコイは窓から後方の景色を振り返りつつ、操縦士に言った。
「もっと早く高度を上げれんのか!?」
「いえ、これ以上は……何分物資が」
 苛立ちながらテコイはシートに座り直して通信を飛ばす。
「こちらロック1、ロック1!アロー1、戦況はどうなっている?」
 テコイ大尉は離れた地点で戦っている戦闘機部隊に通信を飛ばした。だが、何も返事
は無い。高濃度のミノフスキー粒子のために通信障害が起きているのだろうか。はたま
た無線機を切っているのだろうか?
 ……もしくは。テコイがその最悪のケースを想像した時。
『こちらロック7!ロック1、応答を!?』
 最後尾を勤める七番機から通信が入った。
「おお、どうした?味方部隊が戻ってきたのか?」
『い、いえ!違います!追って来たのは……ヒ、ヒィィッ!?』
 無線の向こうで、部下の悲鳴が上がる。そして直に通信が雑音のみに変わった。
 顔色を変えたテコイは祈りながらレーダーを覗き込んだ。しかし祈りも空しく、そこ
に映っていたのは六機に減った輸送機と、三機の追いすがる敵機反応であった。
「お、追いつかれた!?ええい!戦闘機部隊はどうしたのだ!?」
 しがみつくようにしてコンソールを見るが、何度見ても状況は変わらない。いや、変
わった。六番機、五番機と次々に反応が消えて行く。
『……うわぁ!MS、MSだっ!助けてくれ……!嫌だ死にたくないぃぃ!死にたくな
……ザッ……ザザ……ガガー……』
「…………」
 がくがくと震えるテコイの手から無線機が落ちた。
 テコイの隣に座る操縦士は、迫り来る恐怖と絶望に染まる指揮官の顔を見て、少しだ
け「いい気味だ」と思った。自分も同じ状況下に置かれているのだが最後にこの大尉の
情けない顔を見る事ができたのが愉快だった。どうせもうすぐ死ぬのだから。だが死ぬ
前に一度で良いから恋人を作ってみたかった。一晩限りのそれでは無く。
「――なせ」
 と、大尉が何か言っているのが耳に入る。
「……は?」
「切り離せ」
 目をしばたたかせる操縦士に向けて、テコイは大声で命令した。
「物資の詰まったコンテナを、切り離して上昇しろっ!!」
 テコイは、操縦士が露骨に自分を軽蔑した顔付きをしたのもお構い無く怒鳴り散らし
た。
「もたもたするな!命令が聞こえんのかぁっ!」
「……いえ、了解しました」
 操縦士は頷いてスイッチを押しミデアの腹部に取り付いたコンテナを切り離す。友軍
の為の支援物資が詰まったコンテナは、淡々と紅海へ落下していった。
「どうせ無駄だと思うけど。最後なんだから潔く俺はたとえ命に代えてもこの物資は
守ってみせるとか言ってもらいたかったなぁ。面子より命が大事って言ったってどっち
にしても死ぬわけだし……」
「おい貴様、ブツブツ言っとらんで高度を上げろ!」
 小声でぼやく操縦士にテコイは唾を飛ばして叫ぶ。
「……?貴様ッ!全然高度が上がらないではないか!?何をしているのだ!」
「いえ、今全速で……」
 と。言いかけた所で、操縦士もテコイも、コックピットが影に覆われていることに気
が付いた。雲?いや、今まさにその雲の中を飛んでいるのだ。では何故。
 そして自然にコックピットを覆う強化ガラスの天井を見上げ、二人は絶句した。
 ミデアの翼の上に――ジオンのMSが乗っているのだ。いつの間にか。見た事のない
タイプのMSは右手にビームサーベルを、左手にシールドを構え、顔に刻まれた十文字
の裂け目から赤い一つ目でこちらを見下ろしていた。
 操縦士は更に横に目を走らせる。ミデアの左右に、ガトリングガンを構えたグフがそ
れぞれドダイに乗ってこちらの様子を伺っているではないか。
 駄目だ。素直に操縦士は諦めた。これでどうやって助かれと言うのか。
 しかしテコイは違った。取り落とした無線機を拾いあげると回線を開き、がなりたて
た。
「ま、待てぇ!待て待て、待ってくれ……!」
 ひたすら「待て」を連呼した後、間髪入れずに続ける。
「降伏だ!降伏しよう!だから撃墜しないでくれ!」
 するとMSの動きが止まった。この超至近距離では、さすがにミノフスキー粒子も効
果は無い。
『……軍門に下ると?』
 敵からの声が返ってきた。
「そ、そうだ!」
 表情を明るくして頷くテコイ。スタイルはどうあれ、けして諦めないこの大尉の姿勢
には見習うべきものがあるのかも知れない。ひょっとすると。そんなふうに操縦士は思
った。
 事実、敵のパイロットは考え込んでいるのか、黙っている。
 テコイは「頼む!」「私には家族が!」などとあの手この手で敵に執り成そうとして
いる。
「そ、そうだ!私の知る限りの連邦軍の補給ルートを教えようではないか!
だから……」
 そこまで言った時。ミデアにかかっていた重量が軽くなった。ジオンの新型MSが、
ミデアに近付いてきたドダイに跳び移ったのだ。
『判った』
 敵パイロットの言葉に両拳を握るテコイ。操縦士は半ば唖然とする。やはり最後
まで諦めないという事は偉大なのか。
「そ、そうか!では撃墜はしないのだな!?」
 先程までにあれだけ醜態を晒していたテコイは早くも背筋を伸ばし、指揮官の姿勢に
戻りつつある。次は南極条約にのっとった捕虜の権利について述べようとしていた。
 だが。
『……我輩が直接手を下すまでもない事が判った、と言ったのだ』
「は……?」
『望み通り撃墜はせぬ』
 その台詞にテコイが身を凍らせてすぐに、MSは両サイドのグフに合図するように、
ビームサーベルを降り下ろした。断頭台の死刑を行う合図のように。
 と。
 二機のグフの右手の内側から何かが飛び出し、ミデアに突き刺さった。細いワイヤー
ウインチのようなそれが刺さった瞬間。操縦席の全ての計器類が煙をあげて弾けとん
だ。敵機に高圧電流を瞬時に送り込んで行動不能にする、アンカー式ヒート・ロッド。
それを一度に二撃受けたのだ。行動不能どころかミデアの電子機器は完全に破壊され
た。
「う、うわああああああ!?」
 動力すらも失ったミデアは、真っ逆様に落下して行く。操縦士は再びパニックに陥っ
た大尉を尻目に。達観した笑みを浮かべていた。

                *

 海面に墜落して行くミデア輸送機を見下ろしながら、ジオン新型MS『ギャン』の
コクピットでパイロットは独りごちる。
「……降伏ならまだしも同志まで売るとは。重力に魂を任せ腐りきったアースノイドの
何と愚劣極まりなきことよ」
 口にする内容とは裏腹に、その口調には何の感情も感じられない。モニターを見る両
目すら、ミデアを見ているのかよく判らなかった。
『クロイツ中佐!』
 と、モニターの脇にドダイUからの通信映像が映る。
 ジオンの《蒼騎士》ことクロイツ・フォン・ベルガリアルド中佐は焦点定まらぬ瞳を
モニターに向けた。
「声を荒げんでも聞こえておる」
『は!もっ、申し訳、ございません』
「何事か」
 憶するように青ざめた兵士は、促されてすぐに背筋を伸ばした。
『たった今諜報部から通信が入りました。連邦本部、南米・ジャブロー基地攻略作戦は
――失敗に終わったとの事です!』
 ジャブロー攻略作戦。それは地球連邦軍の本拠地ジャブローを叩き、地上のミリタ
リーバランスを再びジオン優勢に巻き返すべく行われた起死回生の策であった。だが
しかし予想以上の強固な防衛システムの前に空しくも返り討ちに遭い、結果として連邦
軍を勢い付かせる結果に終わってしまった。投入されたジオン軍の戦力不足も一因で
あったろう。オデッサの敗戦の直後で作戦に参加できる兵力はあまりにも少なかった
のだ。
 クロイツ中佐は、しかしその衝撃的な報告になんら反応を示さなかった。眉一つ、
口元一寸動かさず、不気味な定まらぬまなざしでモニターを見ている。
『さ、更に、及び連邦軍の宇宙方面への進軍の開始を確認したとの情報が……入って
おります』
 こちらを見ているのか。見ていないのか。依然読み取れぬまなざしでクロイツに
睨まれ、兵士は顔に汗を滲ませている。まるで何かに怯えているような態度だった。
「……キシリア様は」
『はっ。連邦軍は月要塞グラナダではなく、ドズル中将控える宇宙要塞ソロモンを
目標としているようであり』
 問われると、兵士はできるだけクロイツと目を合わせぬように上に目線を送り
ながら答える。
『キシリア閣下はこれに対し、ソロモンに援軍を送る形で支援を行われる方針である、
と』
「……」
『ほ、報告は以上であります』
 報告が終わると、クロイツは思案に耽るように黙した。
「…………」
『…………ッ』
 モニターの向こうにいる兵士の額から鼻筋に、一筋の汗が伝う。
「………………ファット・アンクルを呼べ。我々を収容次第、全機帰還」
『は、はっ!』
 ようやく解放された兵士が敬礼するとモニターが消える。ドダイUはギャンを乗せた
まま回頭してファット・アンクルへ向かった。
 ギャンはビームの刃を消した柄のみの剣を腰に備え付けると、兜のごとき頭を駆動音
と共に持ち上げた。赤き単眼で空を見上げる巨大な騎士の中で、
「……ソロモン、か……」
 呟くとクロイツは静かに目を閉じた。
 MSを収容したファット・アンクルは紅海の上空を飛んで行く。自らの戦うべき地、
アフリカへとジオンの戦闘機部隊は帰還していった。



 第七章   蒼穹の蒼騎士   了


 第八章   戦場の理屈   に続く



・あとがき

 ギャンには諸説入り乱れているのでマ大佐専用以外にも存在したらしい、という説もあるようです。
 じゃ、陸戦ゲルググがいるなら陸戦ギャンがあってもいいだろう・・・つーかあって欲しい。
 そういうロマンを原料に私の作品は出来るわけです。

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