第五章   雨のアーリット(前編)




 うんざりだ、とレッキ軍曹は小銃にもたれつつアーリット基地を見回して呟いた。
 金のため連邦軍に志願入隊したのがそもそもの間違いだった。お陰でこんなアフリカ
なんて暑苦しい事この上ない地域に飛ばされ、毎日走り回らされてばかり。占領地の友
軍は殆ど出撃も無しにのんびりやっているというのにだ。
 ふと、基地の建物を揺るがすような振動が近づいてくる。レッキは「けっ」とぐっし
ょり汗で張り付いた襟元を引っ張る。
 MSだ。
 見上げんばかりの金属製の巨人どもが、地響きと駆動音を鳴らしながら歩いていた。
 彼はこのMSというガラクタが大嫌いだった。ジオン製のザクやドムは無論の事、自
軍のMSも同じく嫌悪していた。
(ザクなんてもんをジオンが作らなけりゃ、こんな戦争起きなかったんだ)
 同僚だったMSマニアの男をレッキは思い出す。毎日のように目を輝かせてMSの魅
力を解説してくるそいつの話を、レッキはいつも馬耳東風で聞き流していた。そして決
まって最後にこう言い返してやるのだ。
『オーケイ、ウチらのMSが優秀だってのはわかったよ。でもな、そんなお有り難いM
Sがわんさか有るってのに、どうしてこの戦争はいつまでたっても終わらないんだ?』
 そう言うと、そいつは返答に困って「素直じゃないな」と口を尖らせるのだ。そいつ
のそんな顔を見てせせら笑ってやるのが、レッキのささやかな楽しみだった。
「……あの赤いのがガンキャノン、白いのがジムで、ちょい黒いのがジムキャノン、だっ
けか」
 呟きながらガムを取り出して口に放る。と、そんな彼を隣にいた仲間の歩哨が茶化し
た。
「なんだお前、MSファンか?」
「馬鹿言うな」
 ミントの甘味と香りを噛み締めながら、辟易と返す。
「知り合いがうるさくぬかすんで、嫌々憶えちまったんだよ」
「つれないな兄弟、今はなんてったってMSの時代なんだぜ?たった一機の高性能MS
で戦局が引っくり返っちまうってよ。ホレ、知ってるか?どこぞの独立部隊の……」
「《ホワイトベース》の《ガンダム》か」
「おぅ、それそれ」
 ヘルメットを目深に被ったそいつは手を打って指を立てた。だがレッキは砂を蹴る。
「何様のつもりだってんだ、畜生が。たった一機で戦況を変えただと?そういう英雄気
取りの野郎が一番気に入らないぜ。……ま、MSパイロットなんざ、どいつもこいつも
そんなアホどもばかりだがな」
 とりつくしまもないレッキに仲間の兵士は手を振ってジェスチャーする。
「そのMS好きの知り合いってのも、お前と付き合うのはさぞストレスだったろうなァ」
「そいつか?そいつはな。戦場で撤退の途中、味方のMSに踏み潰されておっ死んじまっ
たよ」
 すかさず言ってやると、そいつは面食らって少し口を開き何かを言いかけ――だが、
何も言わず自分のライフルを抱え込んで向こうをむいた。
 そいつの困った顔を見ても、あまりレッキは面白くなかった。
 ゴゥウウウウンンン!!!
爆光が閃き、目の前の光景を白一色に染めぬいた。耳をぶち抜いた衝撃が肌を痺れさ
せ、吹きつける熱風が鼻の穴と喉を焼きつかせた。
「……ぁがっ……!」
 体を丸め、顔を小銃で庇いながらも、レッキは続く爆裂と射撃音に歯を食いしばる。
 間違いない。幾度となく味わった、この世で最も忌み嫌う時間の開幕の合図――MS
同士の戦闘がはじまった証しだ。
 途端にそれまで停滞していた周囲の空気や風景が一気にごった返す。防衛基地の高み
から、地平線の彼方に現れた巨人の群れが視界に入った。
『……襲っ!敵襲!兵士は速やかに基地内に避難!繰り返す。外にいる兵士は速やかに
……!』
 警報に混じりながら聞こえる放送を聞くまでもなく、レッキと仲間の歩哨達は建物の
入り口に向かって駆け出していた。
 肩をぶつけ合いながら、レッキは走り出す前に一瞥した眺めを思い起こしていた。敵
MSの方へと立ち向かっていく友軍のMS達。
 MSにはMSで対抗するのがセオリーだ。一機ならともかく、部隊ともなればそれし
か手はないといってもよいだろう。
 そしてMSはその強力さゆえ、常に前線に送られ戦い続けねばならず、パイロットは
そのMSと運命を共にしなければならないのだ。
(せいぜい殺しあってくれや、お強いMSさん達よ)
 背中の彼等に振り向きもせずにレッキは吐き捨て、そして走った。
 生き残るために。


「うぅおおおっ!!」
 叫びながらクライフ伍長はザクの90mmマシンガンを乱射させて駆け抜ける。従来の
120mmタイプに比べて速射性、精度共に向上したMS銃器の逸品。その連射をまともに
浴びればMSとて只では済まない。
 その筈が。
 その弾丸のシャワーをまともに浴びながら、そのMSは多少機体をよろめかせただけ
で踏み止まった。そしてすかさず、両手に握ったマシンガンをこちらに向けて乱射して
きたではないか。
「ひぃっ!?」
『下がれクライフ!』
 アズマ軍曹が後方から240mmバズーカで援護射撃する間に、クライフのザクは命から
がら物陰に隠れる。
『何考えてんだ!そんなモン【マシンガン】でキャノン野郎を仕留められる訳ねぇだろ
が!』
「ちょ、直撃なのに……!」
 自分の90mmmマシンガン、足元に受けたアズマのバズーカ弾頭の破片や爆風を食らっ
ている筈だというのに、連邦の赤いMSは平然としている。
 RX-77Dガンキャノン。ザク・バズーカ並みの240mmキャノン砲を両肩に固定武装とし
て備えている重MS。その分厚い装甲はシールドの類いを必要とせず、両方のマニピュ
レイターによる武器の使用を可能としていた。
 採掘所の手前に敷かれた防衛線に侵入したクライフたちを待ち構えていたMS部隊の
一機が、このガンキャノンであった。
『くっそぅ!図に乗りゃあがって!』
 両手に一丁づつ100mmマシンガンを備えたガンキャノンは、その銃弾でクライフ達の
動きを封じている。ザクにとってそれは数秒で撃破される攻撃だ。うめくアズマ軍曹も
何も出来ない。
 と、敵機のキャノンが火を噴いた。隠れている岩陰を飛び越えて、砲弾がクライフの
ザクの側で爆裂する。
(なっ……俺の位置が見えてるのか!?センサーの性能も段違いじゃないか!)
 次々に砲弾が降ってくる。」あの両肩のキャノンは、連射まで出来るようだ。
「う、うわっ、うわぁああぁっ!」
『おいバカ!パニックになるな!』
 アズマ軍曹の通信も耳には入らない。コックピットの中でクライフはただ頭を抱えて
涙を流し、涎を撒き散らしていた。
 と。
 衝撃がコックピットを揺さぶった。何者かに、後ろから突き飛ばされたのだ。
(て、敵!?)
 よろめいたザクを必死で持ち直す。だがここまで接近を許してしまえば、敵が自分を
仕留めるには十分な隙だった。
 だが彼を突き飛ばしたのは敵機ではなかった。ザクだ。
『クライフ、落ち着くんだっ!死ぬぞ!』
「エブルー少尉!」
 上官の戦う姿にクライフも我を取り戻し、機体を立て直すとエブルーのザクと共にガ
ンキャノンにマシンガンを見舞う。
 エブルーの射撃は的確だった。間接や頭部などの装甲の薄い部分に着弾を集中しなが
ら自分は巧みに移動する。クライフもそれに倣いだすと、ガンキャノンもさすがにたま
らなくなったらしく、後退を始めた。


 ザク一部隊程度なら一、二機撃破して仲間の位置に戻ればよいと思っていたところに
思わぬ反撃を受け、ガンキャノンのパイロットは焦っていた
「ちぃっ、ジオンがぁ!粘りやがる!」
 ザクなどこちらのキャノン砲が当たれば一撃で終わるというのに。初めに突出して来
たザクをまず仕留めておくのだったと後悔する。
 ガンキャノン最大の欠点はその機体重量ゆえの移動速度の遅さだ。だから本来は中距
離から味方を支援をするMSなのであって、いかに自信があっても前方で戦うべきMS
ではない。ジムなりが一機でもいればまだ違ったのであろうが……。明らかなパイロッ
トの判断ミスであった。
 それでもガンキャノンの強固な装甲は彼を守ってくれた。だが、その高性能こそが油
断を招く事をパイロットは考えていなかった。そしてその油断ゆえに、三機のうちもう
一機が、いまだ物陰に隠れていると考えてしまっていた。
 だからアズマ軍曹のザクがこっそり側面に回っていた事も、砲撃を食らうまで気付か
なかった。


『よし今だ、行くぞクライフ!』
「了解!」
 アズマのバズーカのショックで大きく体勢を崩したガンキャノン目掛け、エブルーと
クライフのザクはマシンガンを撃ちながら突撃する。
 ガンキャノンもそれに気づいて両手のマシンガンを向けるが、再びアズマのバズーカ
が近距離で爆裂し、よろめかせる。
「ぐっ……ぐぬぁぁ!」
 ここまで出てきてしまっては、もとの岩陰には後退できない。だがクライフは仲間を、自分
の乗ったザクを信じてひたすら操縦桿の発射ボタンを押し続けた。赤いMSの細部
まで見て取れる距離まで近づいている。これほど攻撃を食らわせているというのに、そ
のボディはまだ健在だ。装甲の材質からして違うのかもしれない。
(こんな近距離でもしあの大砲を食ったら……いや駄目だ!怖れるな、怖れたら終わり
だ!)
 自分に言い聞かせるクライフ。だがその時、彼の思考を停止させるような出来事が
起こった。
 ザクの90mmマシンガンから、弾が出なくなったのだ」。
「え?あ、し、しまった!」
 故障かとボタンを連打してから、すぐに単なる弾切れだと気付く。
(――致命的だ!)
 赤いMSとはまだ距離がある。自分が空のマガジンを銃から抜き取り、腰の予備マガ
ジンを装填している間に、赤いMSは体勢を立て直してしまうだろう。そしてすぐさま、
こちらにあの強烈なキャノンをお見舞いしてくるに違いない。エブルー少尉の120mm
マシンガンも、おそらく弾切れを起こしている筈だ。
 見れば、やはりエブルー少尉の乗ったC型ザクのマシンガンは止まったままだ。クラ
イフが半ば絶望しかけた時。
『えやぁあ――っっ!!』
 エブルーのザクが、弾切れを起こしたマシンガンを赤いMSに投げつけた。マシンガ
ンの台尻【ストック】が上手い具合に顔面にあたり、連邦MSの立て直した姿勢を僅か
に崩す。その合間を縫って、エブルーのザクは近距離戦用の武器ヒート・ホークを腰か
ら抜き放ちながらバーニアを使ってジャンプ。(クライフはそんな兵装が有る事も忘れ
ていた)次の瞬間、エブルーのザクは見事ヒート・ホークの刃を敵の肩口にめり込ませ
ていた。
 切り口から電磁波を漏らしながら、高熱の斧は強靭な機体をゆっくりと溶断する。腰
まで刀身を入れてエンジンに損傷を与えると、エブルーのザクはすかさず跳び退いた。
 そして轟音と共に連邦MSの体躯は微塵に吹き飛んだ。
「やった!少尉、やりましたね!」
 クライフは拳を握り締めて、エブルーに通信した。
『油断するな、奴等はまだわんさといるんだぞ!』
 マシンガンを拾って、ドラム・マガジンをリロードするエブルーのザク。慌ててクラ
イフもリロード作業を行う。それを確認してから、エブルー少尉は命令を出した。
『アズマ、クライフ!他の部隊の支援に行くぞ!』
「了解!」
(……?)
 返事の後、違和感を覚えるクライフ。おかしい。アズマ軍曹からの返事が聞こえなかっ
た気がした。
『アズマ?どうした?アズマ!』
 気のせいでなかった証拠に、エブルー少尉が通信を繰り返している。クライフがザク
のモノアイを動かして見回すと、離れた位置にバズーカを持ったアズマ軍曹のザクが立っ
ているのを見つけた。
「なんだ、驚かせないでくださいよ、軍そ……」
 怒鳴り散らされるのを承知の上で軽口を叩くクライフ。だがその言葉は最後まで続か
なかった。
 なぜ、軍曹のザクは煙など噴き上げているのだ。ザクという機体には胴体にあの様な
穴など開いていただろうか?
 その意味を理解しかけた瞬間、アズマ軍曹のザクが火柱を上げて四散した。
『アズマがやられたっ!気をつけろクライフ、おそらくビーム砲台だ!』
「そんなっ――!」
『ここは危険だ!移動するぞ、着いて来い!』
 仲間が死んで悲しむ暇もなく、クライフはコックピットのペダルを踏んだ。
 戦闘は、まだ始まったばかりなのだ。



 ウノ少尉は岩ばかりのタムガク産地の山肌を進行していた。陸戦専用MS・グフは荒
い起伏を物ともせずに進んでゆく。
 改めて舌を巻かされるのは《バジリスク》の整備士達の技量であった。自分の座って
いるシートを初めとして操縦桿の位置、ペダルまでが小柄なウノの体に合わせて位置換
えされている。MSの出力や動きの細部に至るまで、隅々に気配りされている事が伝わっ
てきた。
 如何なるエースパイロットの腕も優秀なメカニック無しには発揮できないという事を
改めてウノは痛感した。
 さて、ここまでは問題無く侵入できたものの、問題は敵の布陣であった。こういった
攻めにくい地形だからこそ、その裏をかいて攻めてくる敵を想定するのが戦術の定石だ。
もちろん、来る可能性の低い断崖を正面より固めるような真似はすまいが……何もない、
ということは幾ら間抜けでも有り得ない。
 ウノはコックピットのモニターに映っているマップに目をやった。画面にはこの周辺
の地形に加えて現在の自分達の位置も示されている。
(もうすぐ、敵の守備範囲に入るわね)
 揺れ動く目の前の眺めに、ウノは思う。
 その風景は二足歩行するMSの視点を通して伝わってくる映像だ。緩衝機構の働きに
よって振動はコックピットの中のパイロットに影響を与える事は殆ど無いのだが、慣れ
ない新兵などは上下する眺めを長時間見る事で乗り物酔いを起こす事も、まま有る。
『よぉよぉ、もう崖は越えたんだ。こんなチンタラ歩いてないで手っ取り早く走らない
か?少尉サンよ』
 と、回線が開いて生意気そうな少年の顔が通信モニターに現れた。ジュウロウ・ユキ
カゼ曹長だ。ウノは呆れた様に溜息をつく。
「貴方ね……こんな場所でMSを走行させたら、どれだけの騒音が出ると思ってるの?
敵にここですって言ってるようなものよ」
『へッ!判ってます、判ってますよ。ったく、冗談の通じない上官殿だぜ』
「任務中に冗談なんて口にするほうがどうかしているわ。以後慎みなさい。
それに貴方、ヘルメットは被る規則よ?」
「被らない方がスッキリしてていいもんでね」
 ウノのグフに従って歩くダークグリーンのグフが、肩を竦めるようなジェスチャーを
した。
「敵は近くにいる筈よ。一瞬でも気を抜かないことね」
『なんでンな事が判るんだよ』
 何となくただ反抗の為に出したような彼の疑問に、ウノは頷く。
「地図から判断して、私ならこの辺りに兵を置くわ。地形の起伏が激しいここ一帯なら
MSを隠しておく事も出来るし、敵を待ち伏せするには絶好の場所だもの。けれど、哨
戒に当たっているのはせいぜい一個小隊程度のはずだから……」
 自問自答するように呟くウノは、モニターの向こうでジュウロウがしかめ面をしてい
ることに気付く。
「?どうかしたの」
『いや。アンタも伊達に階級証ぶら下げてる訳じゃないんだな』
「褒め言葉として受け取っておくわ」
 目線を反らしながら言うジュウロウに、口端を上げた。
 と。ウノはその刹那、モニター視界の隅に見えた物に反応して、すかさず叫んでい
た。
「ジュウロウ、散開して!」
『判ってる!』
 二機のグフが全く同時に身を翻すや否や、閃光がその空間を凪いだ。
(――ビーム兵器!)
 かわしつつも、ウノは敵射撃位置の予測点に機関砲を斉射した。予測は当たったが、
銃撃は当たらなかった。敵MSが少し体を屈めると、丁度窪んだ形になっている岩場が
壁と化して弾を阻んだのだ。そしてこちらが撃つ手を止めると、その窪地から上体だけ
見せて撃って来る。そんな攻撃がしばらく続くうちに、ウノ達は確実に押し返されて
いった。


『見えた!?』
「おお、ジムが一部隊ってとこか!」
 ジュウロウは通信を交しつつグフを走らせる。側面から敵の死角を突こうとするが敵
もさる物、間合いに入る前に狙い撃ちにして決して懐には入らせない。
(天然のトーチカって所か……?いけすかねえ奴等だぜ!)
 《地の利》などという用語は彼の語彙【ごい】には無かったが、とにかく相手が自分
より優位な場所に居るという事は本能で理解していた。
 ウノが言った通り、待ち伏せしている敵というものは得てして有利な場所に陣取って
いるものだ。だからこそ敵を迎え撃つ事も出来る。まさにあの窪地は迎撃に絶好の場所
だ。 ウノのグフが岩壁に逃げ込んだのを見て、ジュウロウもそこに飛び込む。
 ジュウロウのグフが物陰から頭部を覗かせるが、狙い済ましたように狙撃の嵐を浴び
せ掛けられ、慌てて再度機体を引っ込めた。
『身を潜めてなさい!』
「なコト言ったってよ!これじゃ埒が開かねぇぜ!」
 叱咤して来るウノに怒鳴り返す。
「……ジャンプしてがら空きな上から攻めるか?」
『駄目よ、それこそ的にされるわ』
「じゃあどうしろってんだ!」
『攻める事しか考えてないの!?こういう場合は相手の出方を伺うのよ!』
 ウノは語気を強めて、弾薬を装填する。
『マシンガンでMSの動きを止めてビームで止め。基礎中の基礎ね。けど、それだけに
崩すのは難しい……』
 考え込むように独り言を呟いている少尉に苛立つジュウロウ。だが彼は短気ではあっ
たがここで強行する程愚かではなかった。この様な窮地に陥った場合、最も要求される
のは何よりもまず経験である。学徒兵である彼には何ヶ月も戦場に居たウノほどの経験
も、士官学校で学んだ知識も無かった。
 と。
 敵の潜んでいる物陰から、銃弾とは違った何かが飛来してきた。赤い円筒に取っ手が
付いた物体。対MS用手榴弾【ハンド・グレネード】だ。その爆風をまともに浴びれば、
グフの装甲とて持ちはしない。
 ウノも当然それには気付いている筈だ。
 だがウノのグフがそれに反応する前に、ジュウロウは叫んでいた。
「援護頼むぜぇ、少尉サン!」
 叫ぶと同時にペダルを踏む。ウノが制止したようだが、お構い無しにバーニアをふか
して突進する。目標は、まだ空中でゆっくり回転しているグレネード。
(っここだ!)
 ジュウロウは彼の性格にそぐわぬ繊細さで操縦桿を操作し、グフをジャンプさせる。
 ――驚く間も有ればこそ。
 ダークグリーンのグフは宙に舞っているグレネードを、まるでキャッチボールか何か
のように受け止めて、反対に敵陣の窪地に投げ返した。その離れ業にウノは目を見開い
たろう。僅かでもマニピュレイターの加減を誤れば爆発している所だ。
 更に仰天したのは敵パイロット達である。狭い窪地ではグレネードの爆破をもろに受
けてしまう。自分達を守っていた地形が一転、不利に陥ってしまった。
「いただきィ!」
 後ろから爆風に煽られ、姿勢を崩したジムをジュウロウのグフは見落とさなかった。
分厚く長いヒート・ソードを高熱展開しつつ抜き放つ。特殊構造の刀身は瞬時にMSの
装甲を溶かしきる灼熱の色を帯びた。
 ビート・ソードを担ぐようにして構え、走り込んで来るグフに体勢を立て直した他の
ジムが銃口を向ける。だが、側面から機関砲が撃ち込まれ、それを阻んだ。
(……いいタイミングだ!)
 ウノの援護に、ジュウロウは歯を剥いて笑った。
 眼前まで迫ったグフに対してジムは背中のビーム・サーベルに手をかけたが、少し
ばかり遅かった。
「しゃあぁっ!」
 ジュウロウの気合いとともにグフは片刃の巨剣をジムの腹にスイング気味に叩きつけ
た。突進の勢いを存分に加えたその一撃は、あっさりとジムの上半身と下半身を分断せ
しめる。
 暗緑色のグフは斬ったその足を止めずに二機のジムへと走りこむ。ビーム兵器を持っ
たほうの、グフにより近いジムがすかさず跳び退いて剣の間合いから離れようとする。
(逃がすかよ)
 ジュウロウのグフは両手持ちにしていたヒート・ソードから右手を放し、下がるジム
に向けた。と、その手首の内側から何かが射出され、あたかも蛇のようにジムの腕に絡
みついた。
 ヒート・ロッド。高圧電流をMSに流し行動不能にする、MS同士による白兵戦を重
視して設計されたグフ独特の兵装だ。ジュウロウのグフのヒート・ロッドは従来のロッ
ドより若干細めに作られていた。
「つれなくすんなや……こっちに来い、よ!」
 電流は流さない。代わりに右手でロッドを掴むと、まだ跳んでいたジムの機体を無理
矢理自分の方に引き寄せた。接触時の衝撃はシールドで受け流す。
 そしてジムの機体を受け止めると同時に、スロットルレバーをフルにシフト。思い切
り両足でペダルを踏み込み、ジムを抱えたまま残る一機にバーニアを唸らせて突進した。
この距離だと通信回線もミノフスキー粒子もあまり効果は無い。ジュウロウのコックピッ
トにジムのパイロットがわめき散らす悲鳴が響いたが、知った事ではなかった。
 もう一体のジムが浴びせてくる弾丸は全て抱えているジムの背中に命中する。そして
グフは、盾代わりにしていたジムをマシンガンのジムに押し付けるように衝突させ――
もつれ合う二体のジムのコックピット部をヒート・ソードで貫いた!二つのジムはその
まま重なってくず折れ、動かなくなった。


「あの子……凄い」
 ジュウロウの速攻を見せ付けられたウノは、素直に感嘆を漏らす。MSの操縦制度、
戦闘時のひらめき、どれもがベテランパイロットである自分を凌駕している。バン・ド
ーン少佐の率いる《バジリスク》隊に学徒兵ながらに所属している理由が判った気がし
た。
『あのよ、少尉サン』
「?」
『その、「子」っていうのはやめてくれよな。「子」ってのはよ」
 モニターの向こうで、ジュウロウが半目で睨んでいるのに気付く。どうやら、先ほど
の呟きを聞かれていたようだ。
 自分を子供と見られたくない。その態度こそが子供である証しなのだが。MSの腕前
に相反した表情に、ウノは思わず口元を抑えた。
『なに笑ってんだよ、オイ!誰のお陰でこいつ等倒せたんだよ!』
「そうねジュウロウ。私達、良いコンビになれそうね」
 体を揺らしながら、ウノはモニターの新たな仲間に笑いかけた。



 時と共に戦況は衰えるどころか、益々熾烈を極めていった。連邦軍の誇る圧倒的物量
は、このような局地戦にまで現れているらしい。辺りは既に夕闇に染まりだしていると
いうのに、爆発光とマズルフラッシュのお陰でまるで昼間のようだ。
 クライフはのザクはひたすら基地の砲台の死角を逃げ回っていた。右肩のシールドは
吹き飛ばされてしまっていた。回避運動にスラスターを使いすぎたため、推進剤の残り
も心もとない。ここまでなんとか生き残れたのは、エブルー少尉と行動を共にしてきた
からだ。
 だが、そのエブルーのザクも弾丸の破片や衝突で擦り切れ、動くたびにミシミシと軋
み今にもへし折れそうな状態だ。
「少尉……いったい、一体どこに行けば……」
『弱音を吐くな!あのルウムの地獄に比べれば、これしきは何という事も無い!』
 だが、機体とは裏腹にエブルーの目はまだ死んではいなかった。
『クライフ、貴様達はジオンの未来を背負っているんだ。若い貴様が俺より先にくたば
るなど、断じて許さんぞ!』
 その言葉にクライフは疲弊しきった精神と体を鞭打って起こす。
(そうだ。そうだった。ジオン本国では、自分の家族が、恋人が待っているんだ。俺は
それを守りに地球に降りてきたんだ。こんな所で!)
「ぅお。くそっ……!」
 握力の衰えた手で操縦桿を押し込んで、クライフは機体を起こす。
「そうだ!お前も、ザクも、そう簡単にくたばりはしない。くたばってたまるか――行
くぞ!』
 大破している友軍機から取ったバズーカを連射しながら、クライフとエブルーのザク
は戦場を走る。だが、防衛線はあまりに頑なだった。立ちはだかる敵MS達と小競り合
うだけでも、彼等には精一杯だった。
『クライフ!次はあそこに隠れるぞ』
「了解しました!」
 返事をして、そのスペースに駆け込もうとした時。
『おい、そこのザク待ってくれ!クライフ……クライフだろ!?』
 不意の通信に、モノアイを向ける。一機のドムが近づいてくるのが、メインカメラに
映った。相当なダメージを負っており、クライフ達のザクよりズタズタになっていた。
装甲が砕け、火花を散らし、ホバー走行を保っていられるのが信じられないほどだ。
 そのドムにクライフは見覚えがあった。パイロットと同じく、腕部にマーキングのし
てある機体。
「お前。チ、チムルか!?」
『やっぱりそうか、よかったぜ……!』
 クライフ達と同じく、ドムは岩場の狭間に逃げ込んだ。
『おい貴様、フォルバート中尉のドム部隊の者だな?何があったか報告しろ!』
 エブルーからチムルに向けて通信が送られる。
 今回のアーリット基地の攻略作戦は、ザク部隊が正面から陽動を図り、防衛が手薄に
なった地点を高速機ドムの部隊で一気に攻めこむという概要だった。事前に送り込んで
いた諜報部員からの連絡によって敵の陣形はほぼ把握できていたため、作戦の成功率は
けして低くなかったはずだ。
『は、そ、それが……』
『どうした!?報告は迅速にせんか!』
『ぜ……全滅っ。全滅しましたぁ!』
「なに!?」
 叫ぶクライフ。
「待てよチムル!ドム部隊七機が全滅!?何があったんだ!」
『お、俺にだって判んねぇよ!ミサイルが、ミサイルがまるで雨みてえに降って来て
……畜生!何だよ、何なんだよ、ありゃあ!』
 首を振ってただそう繰り返すチムルに、クライフは乾ききった喉をゴクリと鳴らし
た。自信家のこの男をここまで怯えさせるとは、何が起きたというのだ。
『中尉殿は、やられたのか?』
『その後、メガ粒子砲が一斉に……ミサイルから逃げ延びた連中も……!?うッ!』
 報告していたチムルのドムのモノアイが上を向く。
「!」
 いつの間にか、クライフ達の隠れていた岩場の上に登った二機のガンキャノンが、こ
ちらを見下ろしていたのだ。その両手に構えられたマシンガンにクライフは息を飲む。
 だが。
『何をしているッ、どけぇ!』
 クライフの前にエブルーのザクが、庇うように立ちはだかる。そして頭上のガンキャ
ノンにマシンガンを向けた。
 ――遅すぎた。
 連邦軍製100mmマシンガンの射撃音が、耳をつんざいてこだまする。
 少尉!と叫ぶ声もその騒音の前ではかき消されるばかりだった。砲弾並みの口径の弾
丸を次々に浴びながら、エブルーのザクは痙攣【けいれん】するように機体を震わせて、
クライフの機体に身を任せるように倒れこんだ。
「や、野郎ぉあぁぁっッ!」
 クライフは頭の中を真っ白にして、バズーカを撃ち放った。まともに喰らったガン
キャノンの射撃が緩む。もう一体のガンキャノンはチムルが必死で応戦しているようだ。
「少尉、エブルー少尉!返事を!エブルー少尉!」
 クライフは通信回線に連呼するが返事は無い。ザクも動かない。向こう側からは
ただ、単調なノイズが鳴り続けるだけ。
「ぐぁ!?」
 衝撃。コックピットが大きく揺れ、ディスプレイに『右腕損壊』の表示が赤く明滅す
る。体勢を立て直したガンキャノンの240mm砲弾が、クライフのザクの右腕をバズーカ
ごともぎ取ったのだ。
 クライフは自機に再びマシンガンを構えるガンキャノンを、血走ったまなざしで見つ
めた。
(少尉の敵すら……討てない、のか……)
 その光景に、だが異変が起きる。
 ごぅん、という爆音と炎がガンキャノンの背中に炸裂して赤い機体を傾かせたのだ。
 すかさず二撃目の爆裂がそいつを襲う。着弾部分は膝裏の間接部【ジョイント】。
重装甲MSといえど、ここを狙われれば関係はない。仲間をやられて振り返ろうとした
機体も同じ場所を狙撃された。片足になった二体の連邦MSは無様に岩陰に転げ落
ちた。
「チムル!」
『お、おおっ!』
 墜落したガンキャノンにクライフとチムルはヒート・ホークとヒート・サーベルを
ねじ込み、そして仕留めた。
「倒した……この野郎!倒したぞっ!」
 動かなくなったガンキャノンに吐き捨てる。
 乱れた息を整えぬまま、クライフはエブルーのザクに視線を移した。煙を上げて
なお、マシンガンを放そうとせずに倒れている少尉の古びたザク。虚空を見つめる
そのモノアイが光る事はもう、無いのだ。
(エブルー少尉……)
 新米の自分を何度も助けてくれたエブルー少尉。怒鳴りながらも、いつも酒を奢っ
てくれたアズマ軍曹。彼等の死は、あまりにあっけなかった。
(これが戦争って事なのかよ)
 黙したままクライフは、コックピットの中で敬礼を送った。
『クライフ、無事か?』
「ああ」
 チムルからの通信に返しつつ、それにしても、とクライフは思った。さっきの砲撃は
一体なんだったのだろう。
 そんな彼の疑問に答えるように、チムルが呟いた。
『おい……どうやら援軍らしいぜ』
「援軍?」
『十時の方角だ』
 カメラを動かしてチムルの指すほうを「あれか?」と見やる。
 緋色に燃える黄昏の輝きを浴びながら、土煙を巻き上げつつ迫る二機のドムを。
 そして先頭の、灰色のドムのモノアイの曳光が、暗くなりつつあるアーリットの戦場
に尾を引いた。まるでそのスモークシルバーのドムが、この戦いで死んだ多くのジオン
兵のために泣いているような。
 ――そんな光景だった。


 第五章 弾雨のアーリット(前編) 了

 第六章 弾雨のアーリット(後編) に続く


・あとがき
 ガンキャノンという存在は、ジオンパイロットにとってはかなりの脅威だったろうなぁと思います。
 特にプロトタイプなんてルナチタニウムの塊。
 TVでは戦艦の主砲はおろかビームの直撃まで耐えている有様でした。
 アムロの乗ったキャノンの強さはラルですらビビリ入ってたほどですし。

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