第四章   《バジリスク》撃!



『ついに敵、地球連邦軍は我々の宇宙【そら】へその魔手を伸ばしてきた。あの
野蛮なアースノイド供は自らの身の程もわきまえず、次々に我等の同胞を殺し、
友軍を弄【なぶ】り、そして今神聖なる我等の祖国も奪い尽くそうと着々と侵攻
して来ているのだ。
 だが同志達よ。けして何も恐れる事はない。卑劣なる連邦の輩はまもなく自ら
の無力を思い知る事になろうからだ。物量に頼り、数の優位のみで戦ってきた貴
奴等が選ばれし人種スペースノイドの前にその無能さを露見する日はもうすぐだ
と、ここに筆者は断言するのである。
 「ジオンに兵無し」などとは何処の間抜けの言葉であろうか?我が軍の擁【よう】
する英傑達の前では、多少の物量の差など瑣末な問題だ。
 見よ、月要塞グラナダには冷静沈着にして希代の智将キシリア・ザビ少将が座
している。宇宙要塞ソロモンには、勇猛果敢なる無敵の猛将ドズル・ザビ中将が
奴等を待ち構えている。そしてア・バオア・クーには偉大なる我等が指導者、
ギレン・ザビ総帥が控えている!その指示の下に《赤い彗星》シャア・アズナブル
大佐を初めとする百戦錬磨のエースパイロット達が、無謀なる連邦軍を完膚なき
までに叩きのめし、地球に追い返してくれるに違いない。そして地上で戦い続ける
同志達による、あの電撃的な快進撃が再び始まるのだ。
 反撃の日は近い。
 さあ諸君!知らしめてやろうではないか……この宇宙が誰の物であるのかという
ことを!』
 基地を出る前に広報部からくすねてきた軍部機関紙《ジオン新報》のそんな紙面
を見ていたのは、まだ十代の若者だった。肉付きのよい体、金髪を短く刈った若者
の名はクライフ・カッセン伍長、十八歳。いわゆる学徒動員兵という存在だ。足り
ない人手を補うために若者を徴兵するのは、いつの世も変わらない。まぁ、二十歳
前後で士官学校を卒業するのも珍しくない時代ではあるが。
 もちろん連邦側でも学徒兵の徴用は行っているが志願兵が主であるし、その数も
微々たる物だ。
「チムル、見たか?このジオン新報」
 岩陰でヌードグラビアを広げていた男に、クライフは声をかける。揉み上げを
伸ばしたチムルというらしい男は、捲くったシャツの袖から出た肩の刺青を掻き
ながら「新しいヤツか?」と尋ねてくる。
「ああ。見ろよこれ。奴等、もうソロモン付近をうろついてるらしいぜ」
 『ソロモンはやらせはせん!』という大きなフレーズを前に、笑っているのか
怒っているのかよく判らない迫力のある面構えの将校の写真が乗っている記事を
見せるクライフ。
「何ぃー?本当かよそりゃ」
 と、現れた咥え煙草の男はアーゼン・グロコフ。階級はチムルやクライフと同じ
伍長だ。三人は同じ訓練所で訓練を受けた仲だった。
 ハードコピーの記事をクライフから奪い取ると、アーゼンはざっと読んで舌を
鳴らした。
「連邦が!思い上がりやがって……」
「大丈夫かよ、サイド3は」
 寄り固まってジオン新報を見て、アーゼンは煙草の加え口を噛んだ。
「くそぉ俺も宇宙にいればなぁ。悔しいぜ」
「け、お前が行ってどうなるってんだ?シャア大佐の足を引っ張るだけだろうが」
「何ぃ!?」
 横からチムルに茶化され、アーゼンは「どういう意味だ、刺青野郎!」と煙草を
吐き捨てた。
「俺のほうが役に立つってことさ」
「ほぉ?訓練所のベッドでメソメソ泣いてた奴が言うようになったじゃねぇか、
チムル」
「やめろよ」
 殺気立つ二人を、クライフが諌めようとするが止まらない。
「じゃあ聞くがなアーゼン、お前今までMS何機落とした?俺は2機も撃墜してる
んだぜ」
「てめえのMSはドムだろうが。ザクの俺と比べんじゃねえや」
「ははは、まぁ見てろよ。もうすぐアフリカにこのチムル・セシア様の名が知れ
渡るからよ」
「ハ!ベッドで泣いてたマザコン野郎の名前がか?」
「あぁ!?」
 そんなやり合いをしてる最中、ふと三人の腕時計がアラームを鳴らした。三人の
表情が消え、互いに顔を見合わせる。
「……時間だな」
 アーゼンが呟くと、クライフも頷く。
「ああ。出撃だ」
 後ろからチムルが二人の肩に手を回し、
「死ぬなよ、お前ら」
 とだけ言うと、場を離れる。
「お前こそな!」
「けっ、戦場で真っ先に狙われるのは、ザクに乗ってるお前らだぜ?クライフ、
アーゼン!」
 駆け足で遠ざかっていくチムルを見ながら、クライフとアーゼンも互いに自分の
部隊の方へ歩き出す。
「せっかく同じ任務につけたっていうのに、大して話せる時間もなかったなぁ……」
「また話せるさ。生き残ればな」
「生き残ってやるさ。
ああ、そう言えばクライフ、お前故郷【くに】に彼女がいるって言ってたっけな。
気をつけろよ?映画じゃそういう奴から真っ先に死んでくんだぜ」
「ぬかせよ!」
 別れ際まで憎まれ口を叩くアーゼンと手を叩き合って、クライフは自分の部隊へ
と駆け出した。


 茂み【ブッシュ】の中にカムフラージュしているザクの足元まで辿り付くと、
クライフは弾薬ラックに腰かけている兵士に敬礼した。
「エブルー少尉、出撃二十分前であります」
「うむ」
 士官らしき男は立ち上がると、手入れしていた拳銃を懐にしまい込む。
「アズマ、クライフ!ザクのエンジンをようく温めておけ、今回の任務はきついぞ」
「へい了解」
 ザクのマニピュレイターの上で缶詰を食べていた男、アズマ軍曹は言われて中身
を手早く飲み込んだ。
「あの、少尉」
「ン?なんだクライフ」
 ザクにワイヤーウインチで乗り込もうとしているエブルーは、クライフに眉の薄い
顔を向ける。
「少尉は、今回の開戦以前から出撃していると聞きましたが」
「その話なら任務が終わってからにしろ。何時間でも聞かせてやるぞ」
「いえ、どうして少尉はザクなんかに乗っているんですか?それもこんな古い
C型に。新兵よりも少尉のようなベテランを新型に乗せるべきじゃないのですか?
自分のJ型や、ドムのような……」
「『ザクなんか』とは言ってくれるな」
 クライフの質問に、エブルー少尉は目を閉じて笑った。
「お前はMSを着こんでの出撃は、どのくらいになるんだ?」
 問い掛けを問い掛けで返された事、そして少尉の耳慣れぬ言い回しにクライフは
戸惑った。そしてMSが出来たばかりの頃、MSに乗る事を『着込む』と言ったと
いう話を思い出し、答えた。
「に、二ヶ月ほどです」
「もう少し着こなしてみろ。そうすれば自然に判るよ」
 それだけ騙ると、エブルー少尉はクライフの胸を叩いてコックピットに乗り込
んでいった。
「早くしやがれノロマぁ!」
 アズマ軍曹に檄をとばされたクライフは、慌てて自分のザクに向かった。地上に
配属されてから今までもやもやしていた物が、なぜか晴れたような気がしていた。
『ザクなんかとは、言ってくれる』そう笑う少尉の顔。クライフの求めていた答え
は、その皮肉げな表情で十分だった。



 乾いた砂風の中、ジオンの基地施設へと走る一台の輸送トラック。スピーカーの
音量をしこたま上げているらしく、中でかけているハード・ロックが外にまで響い
ていた。その荷台の中で、誰かがポツリと呟く。
「『諸君、知らしめてやろうではないか……この宇宙が誰の物であるのかという
事を!』だぁ?ケッ、戦いもしねえ奴がのうのうと」
 Tシャツの少年が毒づきながら見ているのは、同刻遠い場所でクライフ達が
呼んでいたジオン新報の同じ刊だった。
「おいボウズ、それジオン新報だろ?俺にも見せろよ」
 荷台に揺られていた隣の兵士が手を伸ばす。が、その手はすぐさまぴしゃりと
叩かれた。
「ってぇ!何しやがる!」
 兵士は叩いた少年の手を掴んだ。と、怯【ひる】む素振りを少しも見せずに
少年は顔を上げ、鋭い歯を剥いた。
「見てわかんねえのか?読んでんだよ、まだ」
 少年の意外なほど強気な態度に兵士は少々鼻白んだが、すぐに殺気立つ。
「ボウズ……引力病で頭がボケたか?俺は新兵が上官に逆らうんじゃねえって言っ
ているんだ!」
「へーえ、ドムに代わる新型MSがもうすぐロールアウト、かぁ。こっちに来ね
えかな」
「ガキぃ!」
 無視して紙面を読む少年に、兵士が殴りかかった。鈍い音がして拳が顔に
めり込む。……が、少年はびくともせずに、拳を顔面で受け止めたままで兵士を
視線で刺した。その余裕ぶりに、兵士が低く唸る。
「やるのかよ?オイ」
「このクソボウズがっ……!」
 少年は口端から垂れる血を拭いながら男を睨む。
「いい度胸じゃねぇか。上官を相手によぉ」
「じょ、上官!?」
 その言葉に、兵士は少年がそばに脱ぎ捨ててある軍服を見る。その肩に曹長の
階級章が縫い付けてあった。兵士の階級は軍曹。しかも、その軍服の胸元には
MSのパイロット証票が付いている。
「し!失礼しましたぁ!……て、てっきり学徒兵かと!」
 青ざめて敬礼する兵士。すると、少年はおもむろに立ち上がる。揺れるトラック
の中でもバランスを崩す気配を見せない。少年は、兵士の肩を叩いて言った。
「いーや。いいんだよ、学徒兵でさ」
「え?」
 その「え?」と同時に、男の少年の頭突きが男の鼻面に叩き込まれた。
「ボウズボウズうるせぇんだよ」
 鼻血を拭いてKOされた男に血の混じった唾を吐き捨てると少年は腰をおろし、
再びジオン新報を読みふけった。


「あっれえー!ジュウロウじゃん。どこ行ってたのさ!」
 MS整備現場に行くと、甲高い声が彼を出迎える。コロナ・バイエルン準整
備兵だ。言い換えれば雑用見習い。
「ちょっと周辺地域の把握に行ってたんだよ」
「嘘ばっか!どーせ物資調達のトラックにでも乗って街に行ってたくせに」
「うるせ」
 コロナに図星を指されて、ジュウロウと呼ばれた少年兵はツンツンと癖で立った
黒髪を掻く。
「あ、やっぱり。お土産持ってきてくれた?」
「お子様にやるようなもんは無ぇよ」
「自分だって子供じゃんか。まだ16でしょ?ガキガキガキー!」
「今年で17だ!どうせ隊長が戻って来るまでヒマなんだ。何しようと俺の勝手
なんだよ」
 ジュウロウは油で汚れたコロナの額を丸めた指で弾いた。
「痛!なにすんだよバカジュウロウ!」
「お子様は素直に俺の《スティンガー》を整備してりゃいいんだよ」
「ちぇ、少佐や大尉がいないと調子付くんだから」
 頬を膨らませるコロナは「大尉からも何か言ってやってくださいよ」とジュウ
ロウの後ろに向かっていった。
「げっ!いたんすか、大尉!?」
 慌てて下がりながら後ろを向くジュウロウ。だが、そこには稼動していない
ザクタンクがあるだけだった。
「て、てっめえ!コロナぁ!」
 振り向いた時には、既にコロナは整備兵の群れの中に走り去ろうとしていた。
「今度街に連れてってねー!」
「誰が連れてくかチビジャリ!」
 ジュウロウは忌々しげに叫んだが、コロナは楽しげに笑う。
「でも、もう少佐は戻ってきてるってさ!」
「何ぃ?」
 その言葉に、今まで不機嫌だったジュウロウの顔が明るくなった。
「コロナ!」
 叫んで、ジュウロウはポケットから何かを取り出し、コロナに放り投げる。
受け取るとチューインガムの包みだった。
「しっかり整備頼むぜ!出撃は近そうだからな」
 親指を立てて、少年は格納庫に歩いていく。
「へへ、だよなぁ!そう簡単にあの人が落ちるはずないっての。っしゃぁ!また
暴れられるぜぇ!」
「……やっぱ少佐がいたほうが調子にのるのかなぁ、アイツ」
 ガムを口に放り込むと、コロナは小首を傾げた。


「水陸両用MSだってツィマッドが走りだって事を忘れんじゃねぇぞ!ジオニック
はなんだ!?馬鹿の一つ覚えのザクグフばかりじゃねぇか!」
「へえー!じゃそのゴッグが今どれだけ稼動してるってのさ!MIPのズゴックに
お株を奪われてんじゃないかい」
「あ、てめ、このアマぁ!亭主に向かってなんだその態度は!?」
 バイエルン夫妻のMSメーカー口論はいつ果てるとも無く数十分が経過して
いた。
(……なにしてるんだろ、わたし)
 息をついてはみたものの、整備長達の討論はますますエスカレートして、今では
スラスター出力、メイン回路、流体システムなどよく判らない領域まで移行してい
る。二人の剣幕に割って入ることもできず、ウノは工具箱の上に腰掛けていた。
 と。
「おいおい、何をまた言い争ってるんだ、二人とも」
 格納庫の入り口から聞こえた呆れ気味の声が、二人を止めた。
 遠くからでも目立つ、灰色の軍服を来た2メートル弱の身長の大男の姿を見る
なり、それまで激しく討論していた夫妻は一転、嬉しげな表情をあらわに彼に歩み
寄った。
「バン少佐!」
「おぅ、少佐じゃねえか!」
「この地域は暑いな」
 そう言って、バンは軍服の襟をはためかせる。
「おう、まあな!おかげで冷却材がバカにならねぇってモンよ!」
「そこの所はあたしらに任せておきな!すぐにチューンしてあげるからね」
「ああ、頼りにしている」
 バンが頷くのを見たバイエルン夫婦は「こうしちゃいられねぇ!」「整備の続き
続き!」と駆け足で格納庫を出て行った。
 二人が立ち去った後、バンは座っていたウノに目を向ける。
「また会ったな、少尉」
「はっ……!」
バンが促すと、ウノは立ち上がって踵を鳴らす。
「おっと、敬礼は無しだ」
 片手で制され、ウノは気まずそうに手を下ろした。
「災難だったな。さぞ長話を食ったろう。だが、まあ気にしないでやってくれ。
その内慣れる」
 その言い方に釈然としない物を覚えて「はぁ」と言ってからウノは尋ねた。
「少佐は、なぜここにいらっしゃったのでありますか?」
「ん?ああ。今さっき出撃命令が降りたからな」
「ご活躍を期待します!……あ」
 その言葉を聞き、つい敬礼しようとしてしまったウノは頬を赤く染める。習慣
というものはどうにも抜けないらしい。バンはだが、上げかけた手をもてあまして
いる彼女に気付かないのか、気を使ってか、流して会話を続けた。
「そのことなんだがな、少尉」
「は、何か……」
 顎を撫でるバンの様子に、いぶかしむウノ。だがバンが口を開く前に。
「隊長ーっっ!!」
 いきなりの大声が会話を中断した。
 そちらに顔を向けると、軍服をだらしなく肩に背負った少年兵が、こちらに向
かってくるのが見えた。
「ジュウロウか」
「隊長!いつ着いたんすかぁ?」
 黒髪に黒目、180センチ程のその少年兵は、バンに笑いかける。
「今朝方だ」
「へっへっ、隊長のドムは燃費食いますからねぇ。おおかた補給で手間取ったん
でしょ?」
 およそ軍人らしくない態度でざっくばらんに話し掛ける少年兵に、ウノは半眼に
なった。
「ちょっと貴方」
 咎めようと声をかけると、少年は初めてウノに気付いたようで、ふいと目線を
落とす。
「お?おっ?」
 いきなりジュウロウという少年兵は眼をしばたたかせてウノは上から下まで
何度か見回した。そして「へえー」という下卑た笑いを浮かべて黒髪に手をやった。
「隊長、誰っすか?このカワイ娘【こ】ちゃんは」
「なっ……!」
 《カワイ娘ちゃん》呼ばわりされたウノは顔を強張らせる。ここまで露骨に
侮辱されたのは、士官学校以来の事だ。しかも相手は学徒動員兵。
「貴方!上官に対する言葉遣いが正しくないわよ」!
「お、怒った顔がまたいいねぇ」
 三十センチ近い身長差が有るウノに対して、ジュウロウはにやけて注意を聞き
流している。それがまたウノの怒りを誘った。
「姓名と階級を述べなさい!」
「自分はジュウロウ・ユキカゼ曹長であります」
「曹長……?嘘おっしゃい、貴方、学徒兵でしょ」
 憮然とするウノに、ジュウロウは階級章を見せた。
「判ってもらえましたかい?」
 まじまじとそれを見つめ、ウノは信じられないようにジュウロウの顔と交互に
見る。
 学徒動員兵の大半が投入されたのは、今から二、三ヶ月前だ。士官学校を卒業
した自分と違って、彼等はMSパイロットとしても階級はせいぜい伍長からが
関の山である。よほどの戦果をあげでもしない限り、こんな短期間で曹長までに
昇進するなど……。
「だとしても、わたしの方が上官なのよ!敬語を使いなさい!」
「へいへい。で、そちらさんの名前はなんていうんですかね?」
「……ウノ・アンゼリカ少尉。俺達《バジリスク》の新メンバーだ」
 最後の言葉は、黙って聞いていたバン少佐が放ったものだった。
「へ?」「は?」
 ウノとジュウロウはほぼ同じタイミングでバンを向いた。
「二人とも急いで支度を整えてガウに乗り込め。ブリーフィングは機内で行う。
与える時間は三十分だ、迅速に動け!」
「了解しました!」
「りょ、了解っ!」
 戸惑っていたウノとジュウロウは、敬礼すると足を飛ばした。


 大陸北西の化学燃料採掘所、アーリット基地の制圧が今回の任務だった。資源
貧窮のジオンにとって、MSの燃料の補給は死活問題だ。逆に言えば、この採掘
基地を制圧できれば大きなメリットとなる。
「だが、連邦も阿呆ばかりと言う訳ではないらしい」
 ガウ機内のブリーフィングルームに置かれたディスプレイの前で、バンは座って
いる面々を見回した。
「相当に堅固な防衛線が引かれているようだ。今までに向かった部隊はことごとく
退却を余儀なくされている」
「け。ご大層なこったぜ。あんだけ物資があるんなら、ケチケチしなくてもいい
じゃねえか」
 椅子にどっかりと座って退屈そうに聞いていたジュウロウが愚痴を漏らす。
「資源の問題のみではないぞ」
 そう言い返したのはジュウロウの隣に座っているワイオネル・ジャミン大尉だっ
た。齢五十に届こうかという古参兵である。上背はあるが体格は痩せ型。後退した
髪も、口髭も白く染まっていた。それでも腕を組んで座っている泰然自若とした様
からは、確固たる風格が漂っている。《バジリスク》の副官役だというが、彼が
指揮官だと言われても何の違和感も無く頷けるだろう。
「我等連邦とジオンの勢力がここまで入り乱れている地域は、現在、このアフリカ
を於いて他に無い。連邦が北部を、我々ジオンが南部を中心に活動している訳
だが、このアーリットは丁度南寄りに位置している。奴等にしてみれば南部に攻め
入るための重要な拠点となっているのだ」
 白髪の片眉を上げると、いつも瞑【つむ】っている様な細い目が垣間見えた。
「大尉の言うとおり、連中もアーリットの防衛には躍起になっている。主な配備は
採掘所の前方に敷かれているトーチカ群だ。加えてMS部隊も派遣されており、
生半可な事では陥落できないだろう」
 バンは言ってから「そこで、この東側から攻める」とモニターの地図を指した。
「アーリットの東部にはタムガク山が有り、配備がその分甘くなっている。先行
部隊が敵を引きつけている内に、そこを突き崩して採掘所本部を一気に制圧。
先行部隊と挟撃して残存兵力を掃討する」
「山越えですか」とウノ。
「ない、多少厳しいがウチのグフなら不可能な芸当ではないさ。俺と大尉のドムは
先行部隊の支援に回る。こう、敵の陣形の横腹に食いつく形になるな」
 すると、ジュウロウが声をあげた。
「えぇ?ちょっと待って下さいよじゃ俺がこの少尉サンと組むってんですか!?」
「不満なの?」
 ウノはジュウロウに向かって言うとジュウロウは頭を掻いてばつが悪そうに頭を
掻く。
「いやね、なんつうか……こういう作戦てのは操縦の腕前っつうかね」
「わたしの腕を疑っているの、曹長?生憎わたしも同意見だわ。上官に対する礼儀
も知らない学徒兵が、わたしにちゃんと着いてこれるのか心配で仕方ないもの」
「!何ィ?」
 歯を剥いて腰を浮かせるジュウロウ。だが膝にワイオネル大尉の手が置かれた
為に渋々座りなおした。
「隊長、抜けたイェフ中尉の穴を埋める必要があるったって、こんな華奢なお姉
ちゃんに代わりが勤まるモンなんですか?デートのお相手ってんならともかく、
見てくださいよ。背は俺より三十センチは低いし、筋肉だって……」
 堪えていた物を一気に開放するように、ジュウロウはまくし立てる。だがウノ
は、落ち着き払ってその声を遮った。
「体格でパイロットの資質を問うの?まるで素人の意見ね。パイロットは体が小
さい方が有利って基本も知らないなんて」
 語気を強めてウノは立ち上がった。そのままジュウロウの前まで歩み寄り、ぐっ
と顔を突き出す。
「貴方がMSに乗ってどのくらいになるか知らないけれど、わたしは一週間戦争の
頃からザクを乗り回しているの。貴方の様な青二才にそんな事を言われる筋合い
は、断じて無いわ!」
「……言ってくれるじゃねえか少尉さんよぉ」
 《青二才》の言葉にジュウロウも立ち上がる。
 と。
「お前ら、そんなに言うなら勝負してきたらどうだ」
 一触即発と睨みあう二人に鶴の一声が飛んだ。バンだ。溜息をひとつつくと、
親指でドアを示す。
「この部屋を出て右の廊下を突き当たったところに、シミュレーションルームが
ある。模擬戦設定で戦って来い。時間は五分。それでお互いの実力はわかるはず
だ。負けたほうが今回の作戦で勝った方の指示に従う。どうだ?」
「異論有りません!」
「上等っ!」
 二人は争って廊下に出て行った。
 勢い閉められたドアを横目で見やり、バンは呟く。
「大尉はどう思う?」
「と、おっしゃりますと」
 腕を組んだままでワイオネル大尉は言った。暫く待ってバンが何も言わないの
で、口を開く。
「少佐が連れてきたパイロットですからな。私が口を挟むべきではないいかと」
 バンは笑って大尉の隣に座る。
「ま、思っていたより芯のある女のようだ」
「作戦に関しては多少無謀かもしれませんが、今に始まった事ではありませんから
な。どうせ私が進言しても聞く耳持たんのでしょう」
「く、く。まぁそういうな」
 笑ってから続ける。
「ではパイロットとしてはあの二人、どちらが上だと思うね?」
 その質問に「そうですな」とワイオネルは顔を動かさず答える。
「すぐ熱くなる様では、どちらもパイロットとして失格ですな」
 戦闘空母ガウは、やがてニジェール国境に差し掛かった。
 作戦時間ぴたりだな、とバンは窓の外を眺めてほくそえんだ。


『MSスタンバイ完了。パイロットは速やかに搭乗して下さい』
 艦内放送にしたがって、ノーマルスーツ姿のバン達四人はデッキへと歩を進め
ている。
「で?どちらが勝ったんだ」
 バンが後ろについてきているウノとジュウロウに促す。
「もちろん!」
 と胸を張るウノの隣で、ジュウロウが「ち」とそっぽを向いた。
「ほお。負けたのかジュウロウ」
「後二分ありゃあ俺が勝ってたすよ!」
 むきになって言うと、ワイオネル大尉は
「負けたなら少尉に従う決まりだ。男が一度口にした言葉を引き込める物では
ないぞ」
 とジュウロウに返し、バンとともにドムに向かう。
 ウノは立ち尽くすジュウロウを見上げ、促した。
「返事は?ジュウロウ・ユキカゼ曹長」
「ぐ……了解っ!」
「ハイ、よろしい。これからパートナーになる訳だからしっかりお願いね、曹長」
 そうしてタラップに向かうウノ。その小さな背中へ恨めしそうにジュウロウは
吐き捨てた。
「ちきしょう、見た目に騙されたぜ……」
 ふいにウノが振り向く。
「返事は?」
「り、了解!」
「次からは敬礼の仕方も教えるわね」
 捨て台詞を残してウノ少尉は踵を返した。
「くそぉ!覚えてろよ!」
 ジュウロウは叫ぶと、逃げるように自分の機体に走っていった。


(これがグフのコックピットか)
シートに座って周囲を見回すウノ。
(マニュアルどおり、ザクと大して相違点は無いのね)
 操縦桿を握り、ペダルを動かしてみる。このグフにはあの電磁鞭……ヒート・
ロッドは付いていないらしいが、いつものリズムが崩れない分かえって良いかも
知れない。
『どうだい調子は?』
 いきなり通信が入ってきた。通信用モニターに映っているのは、あの整備夫婦の
妻、マリアンナ・バイエルンだ。
「ええ。凄いです。こんな短時間で自分の体に合う様セッティングされていて」
『はは!そんなのは当たり前さ。とにかくあたしらが整備したMSを無駄にすん
じゃないよ。必ず行きて戻って来るんだ。そのグフなら大丈夫さ!』
「了解しました!」
 ウノはモニターへと敬礼した。


「ジュウロウ、あの少尉さんと勝負して負けたんだって?」
「てめ、どこで聞きやがっ……!?」
 ジュウロウがコックピットに飛び込むと、開いたままのハッチからコロナがにや
けた顔をのぞかせた。
「あ、ホントなんだ」
 ハッチに半ば上半身を突っ込むように身を乗り出して、コロナはジュウロウを
揶揄する。
「るせぇんだよガキ!ハッチ閉めるぞ!」
「あ、待ってって!ペダルの感度が20パーセント上がってるから注意しなよ。それ
と弾薬。いつも無駄撃ちするからもう少し節約しろって父ちゃんが言ってた!」
「あーわかったわかった、さっさとどけ!」
 問答無用でハッチの開閉ボタンを押すと、コロナは慌てて脱出する。何か文句を
言っているようだが既に聞こえないし、知った事ではなかった。


 ワイオネルにとって新任の少尉のことはさしたる問題ではなかった。どうやら
腕は悪くは内容だし、チームワークの面はいずれ何とかなるだろう。気になると
いえばその若さだが、それは年配である自分の懸念かもしれない。いまやパイロ
ットの平均年齢は随分と低くなっている。自分が戦闘機に乗っていたあの頃とは
違うのだ。
(時代の流れとはこういうものか)
 そう思う自分に、ワイオネルはつい年寄り臭い事を考えてしまうものだと首を
振った。
 ドムのコックピットに乗りハッチを閉めると、ワイオネルは手袋を右手から嵌め直し、次に左手を直す。ヘルメットを最後に被ってから操縦桿のグリップとペダル、続いて
周辺機器を一つ一つ確認した。
「うむ」
 全ていつもと同じ。変わりは無い。満足げに頷くとワイオネルはいつものように、
指揮官機へと通信回線を開いた。


『随分賑やかになったなぁ、お前さんのところもよ』
「まあな」
 バンはモニターに映るファイエル整備士長に相槌を打ちながら、ドムのマニピュ
レイターを動かす。
「そういえばアレは積んでおいてくれたか?」
『アレ?おお、アイツか。ばっちりだぜ!……どうでぇ、今回の出撃はキツいの
か?』
「楽な任務なんてないさ、ファイエル」
『デッキクルーは全員退去!MS発進用意!繰り返します……』
 と、艦内放送が響いて慌ただしくなるなるデッキ。
『頼むぜ少佐!いい戦果を期待してっからよ!』
「ああ」
 ファイエルからの通信が消えると、ワイオネル大尉からの通信が入る。
『こちらワイオネル、ドム。出撃準備完了』
 続いてウノ少尉。
『ウノ、グフ出撃準備完了であります』
 最後にジュウロウが通信を入れてきた。
『こちらジュウロウ!いつでもいけますぜぇ!』
「よし……出撃だ!」
 言って、バンはドムを起動させた。


 岩と砂ばかりの荒野の上空を航行するガウの巨体。その前部ハッチがおもむろ
に開く。
 ハッチの奥の暗がりで、四つの赤い光が輝いた。
 ドム二機、グフ二機。四機のMSはモノアイの光を揺らめかせながら、出口へ
向けて歩を進める。
 先頭のスモークシルバーのドムがハッチから下界を睥睨する。手には二連装の
360mmジャイアント・バズ。肩には大鎌に絡まった伝説の毒蛇のエンブレムが他の
機体と同じく描かれている。
『進路クリアー。システムオールグリーン。各機、発艦どうぞ』
 オペレーターの声が告げると、ガウのハッチ内の上部についたランプが緑に変
わった。
 スモークシルバーのドムを、MS独特の駆動音とともに振り向かせて片手を上げ
――バン・ドーン少佐は言い放った。
「《バジリスク》出撃する!」
 そう言って降下する灰色のドムに続き、他の3機も飛び降りる。バーニアの炎を
吹き上げながら、ジオン公国軍特殊遊撃部隊《バジリスク》は戦場へと向かって
行った。



第四章   《バジリスク》出撃!  了

第五章   弾雨のアーリット(前編) に続く



・あとがき
《バジリスク》メンバーの顔見せの回。
ネーミングはせがわまさきさんのバジリスクとは全く関係無いです。
筆者はどっちかというとツィマッド好き。

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