第三章   パイロット達は、まず



「エチオピア付近で、《ブルー・ベア》隊が全滅したってよ」
 上機嫌でポークチョップを頬張っていた、地球連邦軍アフリカ方面第05機械化
混成大隊所属、ウインド・ハスタリ中尉はその会話に振り向いた。
「へえ……それってアレだろ」
 ごった返す食堂の中での会話を、ウインドは耳をすまして聞き取る。
「なんでもジオンはたった一機のMSだったとか」
「《ブルー・ベア》は降りたての新兵の訓練をかねた5機での出撃だったってよ」
(なんだと?)
「おい、ハス」
 と、食事の手を休めてじっと聞き入るウインドの耳に、違う声が入って来た。
「ハス!何してるんだ」
 それ以上その会話が進展を見せなかったことと、焦れた声が強まった事が、中尉
の意識を戻した。
「ああ。なんだ、ライアンか」
「ライアンかじゃない。どうした?うわの空で」
 ウインドの対面の席に座っている赤いオールバックの青年――ライアン・J・イ
ーゼル中尉が片眉を上げながら縁無し眼鏡を指で上げる。細面のこの男がとると、
実に様になるポーズだ。
「よもや麻薬【ドラッグ】なんぞに手を出しちゃないだろうな」
「――あのなぁ」
 戦争の生む重圧に耐え切れず麻薬に走る兵士は実際少なからず存在するが、自分
が疑われるのは心地よいものではない。
「ムキになるな、ジョークだ」
 肩を竦めてみせるライアン。ウインドは今しがた耳にした話を振った。MS五機を
単身撃破するエース。そこまでのパイロットがアフリカ北部にいたとは。
 しかし黙ってトレイのツナサラダを口に運んでいたライアンは驚くかと思いきや
『そのことか』と、つまらなそうに返した。レモネードの作り方でも聞かされた
ように。
「なんだ、知ってたのか」
「とうの昔にな」
 先に食事をすませたライアンが席を立ったのでウインドも急いで残りを胃袋に掻
きこむ。彼が食事を咀嚼し終えると、湯を満たしたカップとティーパックを乗せた
皿を片手にライアンが戻ってきた。
「なぁライアン、まさか《赤い彗星》じゃないだろうな」
 フォークで皿を行儀悪く叩くウインド。だがその言葉は友人に一笑にふされた。
「この戦局でジオンのナンバーワンが宇宙をほっぽり出して降りて来るか?」
「そうかなぁ……」
「第一そのジオンMSは赤じゃなく灰色に塗られたMS−09だったそうだ」
 MSを製造ナンバーで言うのはライアンの癖だ。回りくどい言い方をするなと
ウインドは思うが、もう慣れて来た為に流して会話を続ける。
「灰色のドム?」
「壊滅する前に通信兵から送られたきた情報によると、な。完全にこちらが制圧
寸前というところにそいつが出現したと。その報告の後ホバートラックは撃墜され、
《ブルー・ベア》は帰還しなかった。それなりに実績の有る部隊だったそうだ
がな。RX−79も配備されていたそうだ」
「へえ。そいつは人事じゃあないな」
 カップを空にしたライアンがトレイを持って立ち上がる。ウインドもその後を
追った。


無機的なリノリウムの床を並び行きながら、二人は会話を戻した。
「いきなり現れた――っていうのは?」
「ちょうどそれ以前に近くの空域に飛行空母【ガウ】が二機確認されたらしい。
そいつが輸送してたんだろ」
「でも変じゃないか、1機だけで来るなんて。ガウには最低でもMS3機1部隊
丸々入る筈だぜ」
「ジオンのシステムでは功績如何【いかん】で階級が大きく左右されるというか
らな。そんなふうに作戦を離脱してでも手柄をたてようって奴は少なくない」
 いつもの分析口調でライアンは顎に手をやった。。
「兵士の士気を上げようって魂胆なんだろうが俺に言わせれば愚の骨頂だな。
1機で優れたパイロットがどれだけ集まろうと、チームワークの取れた《部隊》の
敵じゃあない。功を焦って連携プレイができなくなっちゃあお終いだ。だから俺は
ジオンで最も怖いのは《黒い三連星》だと考えていたが」
「けどライアン。《黒い三連星》ってのは我が軍のエースパイロット1機に撃墜
されたんじゃなかったけか」
 すかさず突っ込まれてライアンは詰まるが、すぐに「……あれはだな」と切り
返す。
「当時データになかったRX−78の高性能や奴等にとって不慣れな地上戦だったと
いう事、その他の偶然が重なった結果に過ぎん。いちいち特異な例に気をやるな。
現実を見ろ、現実を」
「へいへい。んじゃ現実的に作戦会議室(ブリーフィングルーム)にでも行きます
かね」
 軽薄に笑いながらエレベーターに入り込むウインドの後姿を見て、眼鏡を上げる
ライアン中尉。
(飯時の食堂の騒音の中で周りの会話を聞き取れるお前の方も、充分に驚きだぜ
……こいつの機体が一番傷が少ない)
「全く。頼もしいのか、当てにならんのか」
「?何か言ったか」
 自分の呟きに問うウインドに、ライアンも続いてエレベーターに入る。
「なに、うちの部隊にも美人オペレーターが配属されんものか、ってぼやいた
のさ」
 軽口を叩いて、ボタンを押す。
 これからのアフリカは地球上において有数の激戦区となるだろう。最新鋭機に
乗っていようと、それはすなわち最前線に送り込まれる事と同義なのだ。
「はは。美人オペレーターか!そいつはいいな!」
 そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ウインド中尉は笑って軍服の肩を叩いて
きた。
「男勝りの女性兵【ウェーブ】ってのは好みじゃないんだ」
 重い音を立てて。エレベーターの扉は閉まった――命を左右する仲間の呑気さに
ため息をつく、ライアンの心境を象徴するかのように。



 ウノ・アンゼリカ少尉は気付くと基地のMS整備場にいた。この基地に来た
事があまり無いからか、新たな辞令が降りずに暇を持て余していることが重なった
ためか。とにかく、MSの整備エリアは最前線の場に相応しい混雑振りだった。
「F2の弾薬足りねぇぞ!」「そこは重ね着当てときゃいいんだ!余った装甲
持ってこい!」「4番J型スラ2基交換―!」「オーライ、オーライ……気ぃつけ
ろよ、こちとら物資がただでさえ少ねえんだからな!」「オラァ!どいたどいた!
踏み潰すぞ!?」「まだタップリ残ってるんだぞ!?もたもたすんなィ!」
 金属のきしむ音に混じって飛び交う怒鳴り声。漂うオイルと燃料の油臭が鼻を
つき、電流や溶接の火花が舞い散って視界を焼いた。
 作業服の整備兵達は例外無く機械油【グリース】と泥にまみれ、怒鳴り散らして
はせかせか動く。まるで立ち止まる時間すら惜しんでいるようだ。マゼラ戦車に
損壊したザクの半身を換装した作業用MS《ザクタンク》すらすっかり煤ぼけて
ガタが来ているのを無理矢理稼動させている感じでマニピュレイターを軋ませて
いる。
 パイロットとしてMSの整備現場は何度も目撃してきたウノだが、ここまで乱
雑で目まぐるしい風景は初めてだった。
(地上に長く居すぎると心が荒むなんて聞いたことあるけど)
 そんな噂を思い出す。歩きながら遠巻きに眺めていると、格納庫の奥に立つ、
整備済みのMSが目に入った。
 グフが1機にドムが2機。そしてその内1機のドムは、あのスモークシルバーに
塗られた指揮官機――バン少佐の機体だ。それぞれMSの各部に、部隊を示すエン
ブレムが描かれていた。死神が持つような巨大な鎌に巻きついた、奇怪な蛇。それ
がおそらくバンの率いる部隊を表すコードネームになるのだろう。しかし、あの蛇
は何という蛇なのか。
 と。
「あっれぇー、何してるんですか?こんな所で」
 底抜けに明るい、後ろからの呼びかけ。ウノが振り向くと整備兵が一人立って
いた。否、よく見ればそれは《子供》だった。それも十代前半そこそこの。帽子を
被り作業服を着て所々汚れまくっているために整備兵かと一瞬思ったが、いくら
なんでも年下過ぎる。我が軍はこんな子供まで引っ張り出すほど困窮しているの
か?
「貴方は……?」
「コロナ・バイエルン準整備兵ですが」
 疑わしい視線をつくると、子供は胸を張って名乗った。
「《準》整備兵?そんなのあったかしら」
「ま、ま。見習いみたいなものだと思って……あ!ひょっとしてアレ?」
 少年とも少女ともつかない自称《準整備兵》コロナは誤魔化すように手を振る
と、すかさずウノが見ていたMSの方を指差して話題を逸らした。
「格好良いでしょ?あれが特務部隊《バジリスク》のMSですよ。あ、バジリス
クってのは相手を睨むだけで殺しちゃうっていう伝説の毒蛇の事ね。あのノーズ
アートのデザインしたのオイラなんだけど、イケてるっしょ」
 腕を組一人で頷いているコロナに、ウノはどう答えたものやらとまばたきを
した。そんな彼女の様子などお構い無しに、コロナは勝手に話を進める。
「はっはぁ、ひょっとしてお姉さんバン少佐の話し聞いて来たんですか?でしょ?
そうなんでしょ?《灰色の死神》に会ってみたくって来ちゃったんでしょ?」
「……ええと……」
 黒く汚れた軍手の指先を突きつけて、含み笑いを浮かべるコロナ。
「あーでも残念なんだけど、今いないんですよねぇ。だからウチら、この基地の
整備の人達と他のMSの面倒見てるんだけど、ここの整備がまたなってなくって
さぁ……ありゃ?ここにあのドムがあるってことは、少佐、もう着いたって事か
な?」
 目まぐるしく動くコロナの表情を見ながら、ウノはようやく口を開いた。
「ねえ、コロナ」
「良かったですね!多分少佐、この基地のどっかにいるはずですよ。なんならここ
で待ちます?あの人けっこうメンテにうるさいから来る筈ですよ」
「そうじゃなくて」
「え?なんですか?周りの音がうるさいもんでよく聞こえないです!」
 言ってグリースの着いた鼻先を寄せてきたのでウノは黙ってコロナの後ろを指
差す。
 大きな軍手ががっきとコロナの襟首を掴み引っ張ったのは、その動作とほぼ
同時だった。
「コロ坊ぉ!てめぇいつから油売れるほど昇格したんだ、あぁ!?」
「あ。と、父(とお)ちゃん」
 コロナが顔を青くした瞬間、首根っこを抑えている方とは別の手が伸びてコロ
ナの頬を挟んだ。
「バァッキャロウ!仕事場では整備班長と呼べっつってんだろが!こちとら猫の
手にひっついたノミの足まで借りたい状況なんだ、お前の半人前以下の腕も惜し
いんだよ!判ってんのか!どうなんだ!?」
「う、うぎぎぎ……わ、わひゃりまひた、へいびはんちょぉ!」
「ンならとっとと現場に戻りゃあがれ!」
 ぐにに、と思い切り頬をつねくられて、コロナは渋々整備に戻っていった。
「ったく、誰に似てああなったんだか」
 と、コロナの父親らしい中年の男――コロナの言葉どおりに解釈するならここ
の現場の整備班長――は、白髪混じりの坊主頭をがりがり掻き毟る。それから、
目の前のウノにぶっきらぼうに言い捨てた。
「ほれ、おめえさんもだ。ここぁ一般兵の入れる場所じゃあねぇんだよ。行った
行った」
「いえ。入る権利は」
 そうウノが軍服の胸元につけたパイロット証票を見せると、整備班長はいき
なり顔を明るくした。
「えぇ?あ、ああ!なんでぇおめえさんパイロットかい!そんなら早くそう言って
くんな!俺はファイエル・バイエルン整備士長。MS部隊《バジリスク》の整備屋
さ。もっとも今はこの基地のMS整備全体を仕切らせて貰っているがね」
「ウノ・アンゼリカ少尉であります」
「ほぉー、士官さんか。ここのパイロットかい?」
「いえ。今日来たばかりで」
「ああ、宇宙(そら)から降りてきたばかりか?」
「違います。何ていうか……」
 どういったものかと思案していると、ファイエルは「まあどうでもいい」と会話
を切った。
「パイロットは三度の飯の心配よりもMSだ。てめえの面倒も見られねぇパイロッ
トなんざ、MSに乗る資格はねぇわな!そこん所、おめぇさんは若ぇのによく判っ
てるぜ。
さぁ来な!おめえさんのMSはどれだ?」
 と、油まみれの軍手でウノの手を掴むと、ファイエルはいきなり引っ張り出した。
「あの、私のザクは壊れてしまって」
「ん?ああそうか。んじゃ次に乗るのは別の機種かも知れねぇ、余計見てったほう
がいいな!」
 どちらにしろ、連れて行かれるらしかった。


「このグフは俺が丹精込めた傑作よ。バランサーの精度を高めてコックピットの
揺れを減らしてみた。グフは振動がかなりキツいんだが、こいつならおめぇさんに
だって乗りこなせるはずだぜ」
 ザクに乗っていたならコレだと言ってファイエル整備班長が見せてきたのは、パ
ーツ建造中のグフだった。設計図を見ながら、ウノが頷いた。
「はあ。機関砲が外部取り付けになっていますね」
「こいつぁジオニックが最近作り直したタイプだ。両手の汎用性を高めている訳
だな。でだ、問題は腕のどの部分に付けるかなんだ。俺ぁ更にここでひと捻りし
たね。出来るだけ関節に負担をかけずに、かつブレが出ない様にするために武器
自体のウェイトバランスを調整してだな――」
 延々と続く説明だったが、ウノは意外と興味深く聞く事が出来た。ファイエルの
薀蓄【うんちく】はMSの性能比較が手にとるように判り、操縦する上での知識も
詳しく教えてくれるのだった。
 聞きながら、ウノはふいと格納庫の片隅に置いてあるMSに目が行った。それが、
今まで見たことも無いタイプだったからだ。
 青緑に塗られたシャープなフォルムはまるで飾り物の鎧のようであり、古代の
騎士を彷彿【ほうふつ】とさせた。ザグにもグフにも似ていない。動力パイプの
露出も無く、秘められた性能は高度な物であろうと知れた。
「整備士長、あのMSなんですが」
「ん?ん?アイツかぁ。おめぇさん抜け目ねぇな!あいつはここの基地のエース
用にキリマンジャロから運んで来た新型さ」
「新型MS……ですか」
「おう。新型も新型!ツィマッド製最新鋭MS、その試作機だ。元々ドムに代わる
前線量産型として作られたんだが、ジオニックの新型に先を越されちまってなぁ」
 先程からファイエルが口にしているジオニック、ツィマッドというのはMS製造
会社の名前だ。ザクやグフを作ったジオニック社とドムを開発したツィマッド社は
ライバル関係にあり、特にドムがザクに代わる先行量産機として選ばれたのは元祖
MSザクを開発したジオニックには憤然たる事であったらしい。ところが最近ドム
の後継機争いにジオニックの新型MSが選ばれ、ジオニックは見事面目躍如を果た
したという訳だ。
 ちなみにMSの製造会社には、他にズゴックなどの水陸両用型を生産している
MIP社などがある。
「てなわけで、結局アイツの生産数は限られちまったんだよ」
 そういったMS事情を何故か悔しそうにファイエルは語ってくれた。
「そうなんですか」
「だが、けっしてツィマッドがジオニックに劣っている訳じゃねぇぞ!実際スラ
スターの性能はツィマッドが断然上だ!
……ここだけの話だがな。このグフには俺がツィマッドから横流ししてもらった
スラスターが仕込んであんだ。だからボディコントロールがいい」
「は!?」
 皺の刻まれた顔を近づけ、こっそりと耳打ちされてウノは口を開ける。一介の
整備兵にそんな真似ができるのか、というか立派な犯罪ではないのか?
「へ、なに。組み込んじまえばこっちのモンよ。おめえさんだって、ボロMSに
乗るよかいいだろ?ん?オイ」
 ヤニの匂いがする黄色い歯を剥き出して笑うファイエルに、ウノは半ば呆れる。
と。
「ええと、ファイエル整備士長」
「おう。おめえさんもMSが決まったら俺ンとこに持って来な。あっと言う間に
ハイパーな代物【シロモン】にチューンしてやっからよ」
「それはありがたいですが、とりあえず後ろを」
「え?このグフかい。残念だがコイツはウチの部隊用に組んでるモンだからなぁ。
乗せてやりてぇのはやまやまだが……」
「――誰をナニに乗せるって?」
「ああ?何だぁ!?今話中だ!静かに……あ」
 振り向きざまに怒鳴るファイエルの顔がしまった、という顔になる。
 格納庫の金属製の床に、一人の長身の女性が仁王立ちしていた。手にはレンチを
握り締め、座った眼差しを投げつけている。作業服を着ているところから、やはり
整備兵なのだろう。赤髪をひっつめた女性にファイエルは舌打ちする。
「ち、うるせぇのが来やがった」
「なんだってぇ!?この切羽詰った時に女口説いてるろくでなしが言えた義理
かい!」
 大股で歩み寄る女性整備兵にファイエルは「うるせぇ!パイロットに整備屋が
MSの話をして何が悪い!」と拳を振る。
「黙りなこの宿六!って、へぇ?」
 《パイロット》と聞くなりファイエルの胸倉を掴み上げていた女性はウノの方を
向いた。そして頭から爪先までじろじろと眺め回す。
「はぁん、あんたみたいなちっこいのがねぇ?大丈夫かい」
「口を慎みやがれマリアンナ!こう見えても少尉さんだぞ」
 察するに、コロナの母親であるらしい。ファイエルといい、この親にしてあの
子有りと言った所か。
「……んで、どうでぇ?調子の方は」
「駄目駄目駄目、全っ然、駄目!なんだってこのアフリカって所のパイロットは
ああもMSを壊して来るんだい!恨みでもあるのかって聞きたくなるよ」
 腕組みしてマリアンナは不平を述べた。
「仕方ねえだろが、前線なんだからよ」
 顔をしかめる夫にマリアンナは「ふん!」と鼻を鳴らす。
「そこを何とかするのがパイロットの腕前って物だろう?
お嬢ちゃんもよく聞きな。いいパイロットってのはね、弾に当たらず機体に無理を
させず、整備士を困らせない腕前のパイロットさ。あんたも整備士に好かれる良い
パイロットになんな」
 そうマリアンナが指を立てると、ファイエルが「待て待て!何たわごと吹き込ん
でやがる」と割り込んできた。
「MSってなぁ所詮は兵器、消耗品よ!それをおっかなびっくり使ってたんじゃ
機体が泣くぜ。限界ギリギリまで性能を引き出せ!MSの傷だけ腕前は上がる!
良いパイロットになりたきゃ整備屋泣かせのパイロットになるこったぜ!」
 すかさずマリアンナは目を三角にした。
「何だって!?あんた!自分が整備したMSが可愛くないってのかい!」
「ケッ、んなヤワな整備はしちゃいねえぜ。まぁすぐに装甲に穴が開いちまう
ジオニック製にゃキツいかもしれんがな」
「適当なこと言ってんじゃないよ、このヒョウロクダマ!あんなイカモノばっか
作ってるツィマッドのセンスの方が信じらんないね!」
「イカモノたぁなんだイカモノたぁ!あの機能美が判んねぇのか!?」
 売り言葉に買い言葉が応酬され議論が果てなく続いていく。二人の剣幕はいつ
果てるともなく、ウノはそのまま立ち尽くしていた。



 RX−78《ガンダム》。
 そのたった6機しか製造されなかった試作MSの目覚しい戦果に味をしめた連邦
軍は、その量産機としてRGM−79ジムを開発、生産した。だがジムは生産コストに
おいて優れていたものの、やはり性能ではガンダムタイプに及ばなかった。そして
開発されたのがRX―79――RX−78の余剰部品を使用しコストを下げつつ78型に近付
けた《量産型ガンダム》である。ただし陸戦仕様のみ、コアブロックシステムの
排除など相違点は数多く見られるが。
 そして連邦軍は、更なる性能の向上をガンダムに求めた。その汎用性を生かし
つつ技能のそれぞれを特化させたテストタイプを作り上げたのである。その実戦
テストのために召集されたエースパイロットによる実験部隊。それが彼等《ソード
・ファルコン》であった。
「――説明は以上だ」
 《ソード・ファルコン》隊長、ロンフー・マクドナルド大尉は作戦説明を終える
と部隊の他のメンバーに問い掛ける。東洋系の黒髪を撫で付け、顎鬚をたくわえた
三十半ばの男だ。その物腰は指先から言葉使いにいたるまで、一分の無駄すら伺う
事が出来ない。
 彼らは基地のブリーフィング・ルームに集合していた。スクリーンには今回の
作戦概要を示す地図が映っている。
「今回の作戦について質問はあるか?」
 言うと、大尉の前に座っていた三人の内、一人が手を上げる。眼鏡をかけたオー
ルバックの青年。ライアン・J・イーゼル中尉だ。
「港だと、水陸両用機との遭遇戦が懸念されますが」
 汎用性を求める連邦軍とは対照的に、ジオン製MSは局地戦用MSの開発に力を
入れている。これは互いの思想及びその国力の違いの為と言ってよいだろう。
 それが最も顕著に表れているのがジオンの水陸両用MSの存在だ。いかな高性能
MSとはいえ、連邦製MSは陸戦及び宇宙での戦闘を目的に開発されているために
水中での戦闘はこれらのMSに一歩劣る。ガンダムとてその例外ではない――ライ
アンはその事を指摘しているのだ。
 ロンフー大尉も頷いた。
「そう。そこでオリガ、君の仕事だ。任務開始と同時にソナーを使って水中の索敵
を行ってくれ」
「了解しました」
 ブラウンロングのストレート・ヘアを三つ編みに結い上げている女性兵が返事を
する。オリガ・オーガスト准尉は今回、ガンダムによる二度目の出撃から加わる事
となった通信兵だった。元はアジア戦線にいたという。
(まさか本当に女性オペレーターが来るとはなぁ)
(黙ってろ、お前は)
「判っているかウインド」
 小声でライアンに声をかけた青年に、大尉が呼びかける。
「はっ?」
 ウインド・ハスタリ中尉は言われて大尉を向いた。ブラックブルーの髪を後ろで
結んだヘアスタイル。がっしりとした体格とは裏腹に、性格は軽そうだ。ロンフー
は続ける。
「今回の任務は市街戦だ。おそらくお前のC・TIPEが中心の戦闘になる筈だ。覚悟し
ておくんだな」
「了解、サー!要は街に被害を与えずに敵を殲滅。コレでしょう?」
 調子良く返すウインドに、大尉は口の端を吊り上げる。ライアンは眼鏡を上げ、
オリガは眉をひそめた。
「ふ、確かに……な。
だが戦場では一瞬の気の緩みが死に繋がる。自分の腕に自信を持つのは構わんが、
くれぐれも過信はするなよ。そうでなくてはお前達に私の背中を任せられんからな」
「了解」「了解しました」「了解っ!」
 それぞれの返事と共に、ブリーフィングは終了した。


 ロンフー大尉はブリーフィングルームを出てから廊下の角を曲がると、そこに
いた人物に声をかけた。
「さて何の用かな、オリガ准尉」
「まるで私がここで待っている事を予想していたような口ぶりですね」
「そうかね?」
 首を傾げて見せると、オリガは眼をきつくした。彼らは廊下の端によって言葉
を交わす。
「私は今からトレーニングルームに行くつもりなんだが」
「急ぐほどではないでしょう」
「バイオリズムというものがトレーニングには大切なのさ。メンタル面も重要だ。
気乗りしない会話の後ではトレーニング効果が落ちる」
 オリガは「では、手短に」と切り出す。
「先程のブリーフィングの件です。ウインド中尉の発言、あのような態度は厳重に
注意すべきでは?」
「ふむ」
「それに、作戦説明も簡略化し過ぎです。もう少し陣形や装備について詳しく指示
を出すべきだと思います」
「なるほどな」
 一通り彼女の言葉に頷くと、ロンフー大尉は「終わりかね、では」と踵を返した。
「!あ――待って下さい!まだ何も!」
「ひとつ目の指摘は構う事はない。奴はあれで真面目にやっている。ふたつ目も
気にしなくていい。戦場に行けばわかる」
 振り向きもせず言って、ロンフーは付け加える。
「《君達》が考えているほど、我々は無能ではないよ。それと作戦行動のときは
もう少しラフな服装にしておくべきだな」
「……どういう意味ですか?」
「アフリカの気候はジャブローの地下よりもきつい。用心に越した事は無いと
言っているのさ」
「――なっ――!?」
 目を見開くオリガ。もうロンフーは何も言わず静かに廊下を歩いていった。
 遠ざかる背中を睨み。オリガ准尉は、親指の爪を、噛んだ。


 ロンフーはエレベーターの中で、表情も変えずに考える。
(本部からのお目付け役か。それだけに力の入った実験というわけか?)
 そういえば、どこかでニュータイプ専用のガンダムを建造中との噂もある。自分
達には知らされていないが、その計画とこの実験機の繋がりが皆無であるとも言い
切れない。
(味方も信じられない……こんな事だから数で劣るジオン相手に勝てんのだ。何故
それが判らん)
 焦燥感を覚えつつも首を振り、そして思いを移す。
 ニュータイプ。ジオン公国の基となったコロニー国家ジオン共和国の建国者、
ジオン・ズム・ダイクンが提唱した宇宙においての人類の新たなる変革。連邦軍が
その専用機を開発しているという事は……
(我が連邦に、その可能性のあるパイロットがいるということか?)
 ニュータイプの持つ超感覚は現人類のそれを凌駕し、恐るべき能力を持つと
いわれている。ジオン公国軍にはその専用研究機関まであるという。
(……私の予想が正しければ)
 そこまでロンフーが考えたところで、エレベーターが止まり、ドアが開く。
大尉はつい、らしからぬ事を考えていた自分に息をついて呆れてみせた。
 戦場で生き残るために必要な事は戦術と判断力、そして経験。それが自分の
持論だったはずではなかったか。
 どちらにしろロンフーに判るのは自分がニュータイプなどではないというだけ
だった。
 答えが出そうに無い事を考えても無駄だとロンフー・マクドナルド大尉は考え、
そしてトレーニングルームに向かう。
 その動きには寸分の乱れも無かった。


第三章   パイロット達は、休まず  了

第四章   《バジリスク》出撃!  に



・あとがき
《ソード・ファルコン》登場。
「新しいガンダムを作るのは気が引けるけど、陸ガンの改修機程度ならいっか」
とか考えたんですが……やっぱりいかんでしょーか。

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