第二章   三つの白い



 ウノ少尉が再び目覚めた時、空は既に闇に支配されていた。
 樹木生い茂る林の中。雪が無い所を見ると山を降りたようだが、寒さに変わ
りは無い。だが、それにしては自分のいる場所はやけに暖かかった。
 ふと視線を向ける。
 明るさと温かさを生み出している炎。その焚き火の側に一人の男が座っていた。
 パイロットスーツごしにも見て取れるほど、鍛え上げられた太い四肢を持つ大柄
な男。とはいえ、あまり「ごつい」印象を受けないのは、やつれ気味のその顔立ち
からなのか。髪はさほど長くないが、前髪だけが目元まで垂れている。
 その前髪の間から覗く双眸がこちらを凝視していた。金属製のカップを傾けてい
る男とウノはしばらく黙っていたが、すぐにウノは何かに気付いたと思うや、立ち
上がってかかとを鳴らし敬礼の姿勢をとった。
「自分は、ジオン公国軍アフリカ大陸東部方面軍第7大隊第09機動歩兵小隊隊長!
ウノ・アンゼリカ少尉であります!バン・ドーン少佐にお会いでき――」
 文句なしの模範的な敬礼だった。だが、大柄のジオン将校、バンは言葉を終えぬ
うちにウノを見上げる。
「そいつはもう聞いた」
「――非常に光栄でありま、……は?」
 敬礼の姿勢のまま、きょとんとして茶色の目を瞬かせるウノ。
「ご存知、でありますか?」
 心底不思議そうにしているところを見ると、どうやら本当に記憶に無いらしい。
バンは側に置いてあるポットを持ち上げてみせた。
「コーヒーでも飲むか。気付けになる」
「はっ。ありがたく頂戴します」
 湯の注がれたカップを受け取ると、ウノは背筋を伸ばして丁寧に口に含む。
 そして即座に咳き込んだ。
 当然だ。粘るように濃いコーヒーなどそうそう飲めるものではない。だがバンは
なんと言うことも無く口にしている。
「無理する事は無いぞ」
「い、いえっ、その様な事は全く」
 咳き込む。
 く、と笑むバン。だが、ふいにウノの表情が暗くなった。
「少佐。お聞きしたい事があるのですが」
 視線を落とし躊躇【ちゅうちょ】してから、続ける。
「自分以外の……生存者は」
 バンは表情を消して、首を横に振る。
「そう――でありますか」
「何もお前だけの責任じゃあない」
「ですが」と顔を上げるウノの視線を受け止め、バンは「俺たちも、向こうも」と
煙草を取り出して焚き火で火をつけて口にし、煙を吐く。
「戦場では誰もが死ぬ覚悟で戦っている。お前がもし、指揮官として正しいと判断
した行動の結果であれば」
 赤い火をウノに向ける。
「どんな結果になろうと悔やむ必要は無いさ。どんなに正しい判断をとっていても
負ける事はあるし、逆に間違っていても勝利を収める事はある。俺たちは軍人だ。
軍人【おれたち】にできる事は、与えられた任務を果たすために最大限の努力をする
事。それだけだ」
「……はい」
 一瞬ウノは反論し掛け、しかし言葉を飲み込んだ。バンの言う事は正論だ。だが
あくまでそれは理屈の上でしかない。そう返そうとした。だが少尉はふと思ったの
だ。そんな事は承知の上で、この人は敢えて口にしているのではないか?と。
 判断が正しくとも負ける事はある。
(この人にも、そういうことが有ったのだろうか)
 連邦とジオンの国力は三十対一と言われるほどまでに落差がある。当初は圧倒的
な勝利を収めていたジオンも、現在では連邦の誇る物量の前に押され、補給もまま
ならなくなっているのが現状だ。ジオンの専売特許であったMSですら連邦は次々
に生産している。
 いかに取り繕おうが戦争で最も重要なファクトは互いの物量だ。その定石は重火
器すら発明されていなかった古代から宇宙世紀の現代にいたるまで、変わることは
無い。
 例え正しい判断ができようがどんなに優れた人間がいようが、数の劣る戦いで
勝つことは至難の業であるのだ。
 バンの眼差しに一瞬悲しみを垣間見たような気がしてウノは黙った。
 コーヒーをすする。砂糖とコーヒー粉末をしこたまぶち込んだ濃度の高いコー
ヒーは、強烈に脳と舌を刺激した。
 と。
「さて、今度はこちらの質問だ、ウノ少尉」
 唐突に問い掛けられたウノは慌てて姿勢を正す。
「は、なんでありましょうか?」
「先程の戦闘で見かけないMSがいたな」
「!」
 ウノはその言葉に固まる。次に、恐怖と怒りの混じった感情が胸の奥底から湧き
上がってくるのを感じた。
 哨戒任務にあたっていた自分達を襲った連邦のMS部隊。いつものジムに混じっ
ていた見慣れぬMS。その桁外れな性能の前に、次々に倒されていく部下達。忘れる
ものか――あの禍々しくも凶悪な《二つ眼のMS》を!
「もしかすると、あいつが《ガンダム》とかいう奴じゃあないのか?」
「《ガンダム》!?」
 バンの一言にウノは再び硬直した。いまや、ジオンでその名を知らぬ物はいない、
連邦最強のMS。それこそが《ガンダム》だった。

                    *

 ジオン公国の科学者、トレノフ・Y・ミノフスキーが発見した微粒子《ミノフス
キー粒子》は電波障害を引き起こし、レーダーの価値を著しく劣化させた。それ
ゆえにミノフスキー粒子が散布された地域では視界範囲での戦闘が主となる。
そして、その状況下に適応して開発された兵器こそが、MSである。
 人型をとった理由は複雑なスラスター抜きに宇宙空間でのバランスをとるための
姿勢制御と、あたかも人が武器を持ち替えて戦うが如くに様々な兵器を使用可能に
するための汎用性を模索した結果である。この一見現実離れした機動兵器は、しか
し、驚くべき戦果をあげ、今や最強の兵器とすら呼ばれるようになった。
 MS−06《ザクU》はそのジオン軍初の量産MS、MS−05《ザク》の後継機で
ある(現在ではMS−06を《ザク》と呼びMS−05を《旧ザク》と称しているが)。
MS−06は次々に新型が開発されているこの戦況においても未だ無視できない戦力
となるMSの名機であった。
 そのMS−06ザクが、夜のモロッコ荒野を走っていた。その数三機。
 薄緑のボディ、頭部にはジオン製MSに共通した赤く輝く一つ目【モノアイ】
カメラセンサー。手には戦車砲並みの口径を持つ120mm機関銃。更に巨大な240mm
バズーカを抱えている機体もある。
「……妙だ」
 ふと、三角に陣形を敷いた先頭のザクのパイロットが呟いた。頭部には角型の
アンテナが付いている。
『へ?何の話ですかい』
 右翼のバズーカを持ったザクから通信が返った。
「ここまで基地に接近しているというのに、MSはおろか戦車ひとつにすら遭遇
せん。おかしいとは思わんか」
『考えすぎだぜ隊長さんよ。それだけ俺たちの進撃が成功しているって証拠さ』
 せせら笑う左翼のザク。
 と。
「――!いや、そうでもないようだ」
指揮官機が腕部マニピュレイターを横に振って部下を制する。
「レーダーを見ろ」
『お?おいでなすったか』
 狭い範囲ではあるが、コックピットの赤外線熱を捕らえるレーダーに敵MS反
応が示している。
「三機か。一個小隊だな」
『どうするんで?』
 まるで人間のように、銃を振ってジェスチャーをするザク。熟練したパイロット
は、あたかも自らの手足の如くMSを操縦することが可能だ。
「後方に連絡を送れ。10分程ここで時間を稼げば後続の部隊が追いついてくれる
筈だ。その時仕留めればいい」
『了解』
『了解だ。へへ、楽しみだぜ』
「突出は控えろよ。いいな」
 咎められた左翼のザクが、空いた方の手を駆動音とともに開閉させる。
『しかしよぉ。せっかくオーバーホールした機体だぜ?存分に性能を試してみたい
とは思わねえかい』
『全くだぜ。あの整備屋ども、あっと言う間にザクを生まれ変わらせてくれた
からな』
 バズーカを持ったザクが、砲塔を上げて反応を試す。その動きを見るものが
見れば、確かに通常のザクよりレスポンスが若干あがっている事に気付いたろう。
「ふん。まあな」
 言いつつも、指揮官機のパイロットも口元がほころばせた。何せ地上に降りて
以来乗り継いできたザクがここまでスムーズな動きを見せるのは初めての経験だ。
動かしてみて僅かながら出力までもが上がっていたのには感嘆の声すら漏らした
ほどだ。自分の愛機がパワーアップする。MS乗りにとってこれ以上の喜びがある
だろうか?
 と、黒雲が立ち込めていた天から恵みの滴が降り注ぎ始めた。
 雨。
 地上に降りてきたばかりの頃は、この浄化装置も通されていない不潔な水に嫌悪
しか覚えなかったものだが。
「いいぞ……夜間に加えてこの天候。我々の作戦を成功させるのに、ここまでの好
条件は無い」
 機体の調子は最高。後続の部隊と合わせれば数も充分。そして気象までもが味方
をしている。
(これで負ける要素を探せと言う方が難しいな)
 と、部下のザクがマシンガンを構える駆動音が耳に入った。
『っと、話してる内に来たようだぜ、敵さんがよ』
『罠とも知らずにご苦労な事だぜ』
「ようし!地上人 【アースノイド】に我々の力を思い知らせてやれ!」
 めいめいに叫ぶと、ザク達は散開した。
 彼等は気付くべきだった――《そいつら》の接近速度の迅速さに。
 降り注ぐ雨の中。向かってくる白いMSの二つ眼が、燐光を光らせた。



「ガンダム!連邦の《白い悪魔》……!?」
 ウノは戦慄と共にその名を反復した。ガンダム。連邦の反抗作戦のきっかけと
なった高性能MS。その化け物じみた性能によって名だたるジオンの部隊を次々に
殲滅し、《白い悪魔》と恐れられているMS。
「話には聞いていたが、大した性能だ。反応が遅れていれば、俺も危なかったかも
知れん」
「で、ですが《白い悪魔》の所属している部隊がアフリカで目撃されたという話は
聞いた事が有りません」
「ああ。連邦がガンダムの量産に成功したと見るべきだろうな」
 苦々しく笑って煙草を揉み消すバン。
「《白い悪魔》が量産……!」
「怯えるな。量産MSというのは大抵オリジナル程の性能は持っていない。それに
覚えておけ、少尉。MSの性能を決めるのは全てパイロット次第だってことをな」
 喋るバンの表情が変化していくのにウノは気付く。憎き敵を語っているというの
に、彼の顔は可笑しそうに笑っていた。
「は――はい」
 バンの唇が歪み、前髪から覗く目が細まった。
「く、く、く。ガンダムか。これから面白くなるぜ。このアフリカはな」
 傍らに立っている愛機を見上げて肩を揺らす。もう少佐はウノの方など見てはいな
かった。無気味に笑うその上官の異名を、ウノは思い出した。バン・ドーン。
 《灰色の死神》――。
 星空の下に佇むドム。下から見たせいなのか、ウノにはその鈍い銀色の機体が、
バンと共に笑みを浮かべているように見えた。

                      *

 爆風と銃声。MSの駆動音と接触音。揺れ動くコックピットの中で響くのは音楽
なんかじゃない。ひたすら鼓膜を痛めつけ、思考を掻き乱すノイズがただ続くだけ。
 だがそんな事は千も承知だ。一瞬でも気を抜けば死に至る戦場でそんな事を気に
する奴なんていやしない。それよりも周りにも負けぬ騒音をこちらも撒き散らし、
敵を殺してこの小煩いオーケストラを終わらせるんだ。機体に弾をぶち込み、中の
くそ演奏者【パイロット】をとっとと黙らせろ。それがこの忌々しい戦場【ライブ】
から抜け出す最もシンプルな解決法って訳さ。
 けれども、今日に限って少し様子が違っていた。
『ちち、畜生っ、何なんだこいつらはァ!』
『ぐぁあッ……やられた!後は頼……』
『くそぉ!何処だ、何処に消え、ぅげぁっ!?』
 聞こえてくるのは僚機からの悲鳴ばかり。
 どうなってるんだ?
 こっちの数は敵の倍だぜ。さっさと包囲して片付けちまえばいいだろうが。いつも
数倍の数の連邦どもを相手にしている俺たちには朝飯前のことだろ?
 仕方ない、俺が模範を示してやるよ――お、避けやがった?あのタイミングで
かわすかよ普通。
 っと、きっちりお返ししてきやがったな!ビームライフルか、さすがにそいつを
食らう訳にゃいかんぜ。
 ちぃ!?野郎、こっちの動きを読んでやがった。左腕が動かねぇ。ん?あいつ
ザクに挟まれやがったぜ。よっしゃ、やっちまえ……お、お?上に跳びやがった。
ああ馬鹿、あいつら同士討ちじゃねえかよ。
 まぁいいぜ。あの野郎の着地を狙い撃ちにしてやらぁ!
 あ   れ    動


 ドムの局地戦用改修機《ドム・トローペン》の後ろから振り下ろされたビーム・
サーベルは袈裟懸けにドムのコックピットを通過して腰に抜ける。中のパイロット
は跡形も無く蒸発した。
 そしてそのドムを屠った白い機体こそ、バンとウノの話題に上がっていたMS――
ガンダムであった。
 ドムを斬り捨てたガンダムはすぐさまステップするように横に跳ぶ。これもザクの
改修機《ザクキャノン》が側面から肩の180mmキャノン砲で狙いを定めていたためだ。
放たれたキャノンの砲弾はガンダムを通り過ぎ、切り裂かれたドムの残骸を吹き飛ば
した。
弾道を潜り抜けると同時に間合いを詰めたガンダムは勢いに任せてザクキャノンにその
熱光の刃を突き上げたが、ザクキャノンはヒート・ホークを構えて受け止める。
 Iフィールドの反発作用によって刃同士を弾き合い、二つのMSは互いに距離を
とった。
ザクキャノンは体勢を立て直してキャノン砲を至近距離から見舞おうとする。
 だが、その前に頭上から降ってきたビームが、ザクキャノンの機体を貫いていた。
宙に跳んでいたもう一体のガンダムが大地に着地するのとザクキャノンが腰部から
爆裂したのはほぼ同時だった。
 ビームライフルを持ったガンダムは移動しながら銃口を定める。と、その先には
三機目
のガンダムの背中があった。ビームライフルを持ったガンダムは、何を思ったか、
僚機の筈のその背中に迷わずビームを発砲!
 その刹那、狙撃された側のガンダムが体をかわして自分の位置をずらす――ビームは
一直線に進み、ちょうどかわしたガンダムと睨み合っていたザクのボディに突き刺
さった。
いきなりのビーム砲撃によろめくザクへ更にもう一撃。コックピットを打ち抜かれた
ザクは、ゆっくりと地面に倒れ、活動を永久に停止させた。
 うろたえたように、ただ一機残ったザクキャノンが後じさる。既に彼は囲まれていた。
 逃げる事がかなわないと知ったか、ザクキャノンは最後の抵抗とばかりにマシン
ガンとキャノンを乱射する。
 だが非情にも、弾は一発として当たらなかった。そして、避けながら1機のガン
ダムが投げつけてきた奇妙な武器――鎖のついた巨大な鉄球のような武器が、唸りを
上げて襲い掛かる。
 金属が潰れたような音が平野に響き渡り、ザクキャノンの機体が《く》の字に曲がる。
鉄球はコックピット部分を《中身》ごとぐしゃぐしゃに破壊していた。
 ジオン公国軍カサブランカ攻略部隊、この時をもって全滅。


 降りしきる雨の中ゆっくりと歩を進めるガンダム。よく見ると、その機体には3機
それぞれに微妙な相違点が見られた。
『任務完了だ。これより帰還する』
 ビーム・サーベルを収めると、比較的スマートなガンダムから通信を送られた。
『しかし実際とんでもない性能だなァこいつは。三倍の敵を相手にしたってのに、危なげ
なく撃破だぜ』
 鉄球を手から下げた、角張ったガンダムのパイロットが呟く。足元に転がっている
ジオンMSは十機近かった。
『単にこいつらの統制が取れていなかっただけだ。前から思っていたが、ジオンのパイロッ
トは練度が高くとも連携がなってなさすぎる。これで戦争に勝つつもりとは笑わせるな』
 足を進めながら、ビームライフルを携えたガンダムのパイロットが淡々と返す。その
機体は最も厚い装甲に包まれていた。
 と、先んじていた機体が、会話している2機を振り返った。
『二人とも、無駄口を叩くな!ここはまだ戦場だということを常に頭に入れておけ!全機、
カサブランカに帰還するぞ』
『『了解!!』』
 三つのガンダムはバーニアの唸りを上げて跳び上がると、地平線へと消えていった。

                      *

 アフリカの空は高い。
 ジオン公国軍地球方面アフリカ北東方面軍司令官エグヴェルト・ジョンストン大佐は
基地の司令室の窓から空を眺望していた。自慢の髭を撫でながら、この空の遥か彼方に
浮かぶ故郷・サイド3を思い浮かべて感慨に耽ることが、大佐の楽しみであった。
 だが、今日の彼はすこぶる機嫌が悪かった。空を覆う黒雲のせいでもあったが、理由
は別のところにあった。
 と、ドアのノック音。
「入れッ」
 荒げずとも重い地声で入室を許可すると「失礼いたします」の声も無しに男は入室
してきた。195センチは超えているであろう大男の態度にエグヴェルト大佐はしかめ面を
作るが、そんな目線などまるで気に留めずにそいつは踵を鳴らして見せた。
「ジオン公国軍特殊遊撃部隊《バジリスク》隊長、バン・ドーン少佐であります。ただ
今当基地に出頭いたしました」
 灰色を基調とした軍服に巨体を包んだバンは、堂々たる敬礼を取る。エグヴェルトは
しばらく黙していたが、仕方なしといったように敬礼を返し、しかしすぐに睨みを聞か
せた。
 机に腰掛けたエグヴェルトと、直立不動のバン。双方しばらくそのまま沈黙していた
が――やがて、エグヴェルトが促した。
「……で?」
 上を向いていたバンは大佐の眼差しを直接見返し「と、申されますと?」と質問の
意図が理解できないような態度で返した。
「貴公はどういうつもりなのか、と聞いている!!」
 痺れを切らした大佐が拳で机を叩く。どっしりとしたマホガニーの机が大きく揺れた。
かなりの膂力の持ち主のようだ。
「バン・ドーン少佐。貴公に与えられた任務は何であったか?キリマンジャロよりの
物資の輸送、及びその護衛だった筈ではないのか。その任務の半ば、あろう事か指揮官
である貴公自らが作戦を離脱し!あまつさえ輸送物資より数日も遅れて出頭するとは
一体如何なるつもりなのか!?そう私は問いただしているのだッ!」
 まくし立てた後、再び静寂が司令室を支配する。
「よろしいでしょうか」今度はバンが切り出した。
 エグヴェルト大佐は一、二度目を閉じてから、両手を机の上に組み合わせて頷いた。
「よかろう。何かね、少佐」
「は。自分は――ジオンの《義》に従ったのであります」
「何?」
 問い返すエグヴェルトの顔を見つめながらバンは続けた。
「我々輸送部隊はその任務の最中、ラスダシャン山岳部において交戦中の友軍を
発見しました。数の上で勝り、新型のMSまで投入していた連邦軍の奇襲を受けて
友軍部隊は窮地に貧しておりました」
「だからと言って……」
「作戦を離脱した理由にはなりません。承知の上であります」
 言葉を遮ろうとしたエグヴェルトだが、バンに素早く言葉を先取りされて黙らせ
られる。バンは語気を強めながらも声音を下げた。
「ですが――ですが、自分は見たのです。この戦闘に」
 突然の彼の態度の変化に、エグヴェルト大佐は怪訝な表情を見せる。
「……?」
「お気付きになりませんでしょうか、司令?卑劣な手段と物量によって危機に晒
された彼等の状況を。何かに告示しているとは思われませんか?」
「…………」
 眉をひそめて髭を撫でる大佐に、バンは力強く頷いた。そして腿につけていた
右手を上げ、エグヴェルトの背後を指し示した。椅子を回し、エグヴェルトも
そちらを見る。
 彼の後ろにあったものは果たして、壁に掲げられたジオン公国の国旗、その物
であった。
「そう!私はまさにたった今現在、我等スペースノイドが連邦どもに貶められて
いる戦況そのものを、彼等の姿に垣間見たのであります」
「む……」
 バンの言にエグヴェルトは唸り、赤字に黒で描かれたジオンの旗を見つめた。
「自分は本心ならば我が精鋭を引き連れて連中を蹴散らし、彼等を救いたかった。
とはいえ今の戦時下において自分の任務がどれ程重要であるかも承知していたの
です。
ですが自分は、友軍を――宇宙【そら】から重力の下に降り立ち、艱難辛苦に耐え
ながら祖国の為に戦い続けてきた我等の同志を……見殺しに、する事など……!」
 何かに耐えるようにバンは拳を握り締め、声を震わせる。エグヴェルト大佐は
表情を固めてじっと彼を見つめていた。
「自分は指揮権を一時的にワイオネル大尉に譲り、愛機を駆って単身で出撃しました。
指揮官として失格である事は弁明の使用がありません。いかな処罰も受け入れる
所存であります」
「バン・ドーン少佐ッ」
「はっ」
「……それで?戦果は」
 再び気をつけの姿勢をとるバンに司令官は尋ねた。
「は?」
「その出撃において貴公の戦果は、どうだったのかね?そう聞いている」
 笑みを浮かべる大佐に、バンは返した。
「は!敵MS五機撃墜、友軍一名を救出であります!」
「うむ――では貴公のその功績を以て処罰は無効とする。異存ないな?」
「はっ。司令の有り難きお心遣い、誠に痛み入ります!」
「貴公のより一層の活躍を期待する」
 そして、エグヴェルト大佐は締め括りの言葉を静かに「ジオンに勝利を
【ジーク・ジオン】」と放つ。バンも敬礼して、大佐に答えた。
「ジーク・ジオン!」


 基地の中を闊歩しているとバンは誰かに呼びかけられ、振り向く。そこには
一人の小柄な女性兵が立っていた。
「ああ、お前か」
「はい。ウノ・アンゼリカ少尉であります」
 敬礼をするウノ。今の彼女もノーマルスーツではなく、緑の士官用軍服を
着ていた。
「怪我はもういいのか?」
「は。かすり傷であります。少佐のお陰でもありますが」
 言葉を交わしながら歩き出すが、歩幅の間隔から、どうしてもウノが
バンの後を追う形となる。
「あの――少佐!」
「ん、ああ。気が利かなかったな。すまん」
 声をかけられたバンが歩く速度を落としたので、ウノは「い、いえ!」と
赤くなって否定した。
「違うのか」
「そうではなく、その……」
「ん?」
 立ち止まって振り向くと、頭二つ分低い少尉が、バンに対して更に頭を
深々と垂れていた。
「どうした」
「お話はお伺いしました!申し訳ありませんっ!我々の援軍に来た事で、
少佐に無用な処罰を――!」
「処罰は無しだ」
「はっ?」
「そんな事を言うために俺を探していたのか」
 再び足を進めるバンにウノは「《そんな事》など!」と足早に後に
着いて行く。
「任務中にありながら、少佐は命を賭し単身で我々の救出に向かわれたの
です!自分は、少佐こそ真【まこと】のジオン軍人であると思っています!」
 その言葉に、バンは、く、く……と肩を震わせ、じきに「くは!くははは
はっ」という露骨な笑い声をあげた。
「く、く、く。お前、本気でそんな事を思っていたのか?」
「……え?は、その……違う……ので、ありますか?」
 全く訳の判らぬ様に眼をまたたかせて戸惑っているウノに、バンは額を
抑えて聞く。
「お前、退屈な輸送任務とMSでの戦闘、どっちが面白いと思う?」
「はあ……?」
 呆然としている少尉の小さな肩を叩いてバン・ドーン少佐は言った。
「俺はただ面白そうな方を選んだんだ。それだけだよ、ウノ少尉」




第二章      三つの白い悪魔  了

第三章      パイロット達は、休まず  に続く


・あとがき
一章の続き的エピソード。
アフリカ戦線を選んだ理由はまだ正式に書かれていない部分が多い事と
ジオンと連邦の地球における最後の激戦区であったからです。

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