第一章   神、現わる



 轟音。轟音。
 降る雪の中にマズルフラッシュが輝き、振動が機体を通して次々に伝わってくる。
それは一発一発が敵を死に導いていく銃弾の手ごたえだ。銃と言ってもそれはMS
サイズの巨大な兵器。撃ち出す弾は戦車の砲弾に等しいそれだ。
 100mmマシンガンを放つ白いMSが四機。地球連邦軍の主力MS《ジム》と《ガン
ダム》だ。
 一方その一斉射撃を受けて劣勢に立たされている二機のMSはジオン公国軍の量産
機《ザクU》。
 雪の上には既に《グフ》が一機、青い機体を雪に晒して倒れている。ザクの後継機
である優秀な機体も、こうなれば金属製の巨大な棺桶に過ぎない。
 ザク達はマゼラアタック戦車の援護と共に果敢に応戦しているものの、その戦力の
差は如何ともし難い。緑色に塗られたザクのボディが銃弾を受けてへこみ、歪む――
自慢の120mmマシンガンも最早弾切れ。動力パイプも所々千切れている有様だ。
 しかし、それでもザクは抵抗を止めようとはしなかった。指揮官とおぼしき頭部に
角のようなアンテナを付けたザクが腰から巨大な斧、熱エネルギーを利用して叩き切
るヒート・ホークを左腕部マニピュレイターで抜き放った。そして一番近い位置にい
るジム目掛け、右肩にある装甲板でコックピットを庇う様にしながら――ヒートホー
クを振りかぶり、突進を敢行する!
 いきなりの突進にひるんだか、ザクと対峙したジムの射撃精度が落ちた。
 劣化が進んでいるとはいえ、装甲の厚い部分ならばMSはそうたやすく壊れはしな
い。戸惑う相手の攻撃なら尚の事だ。
 大地を揺るがしながら、まさに鬼気迫る勢いでジムに肉薄するザク。赤熱するヒー
ト・ホークの刃が舞い散る雪を溶かし、唸り声を上げている様だ。
 思わず後退りしたジムが、段差に積もった雪に足を取られ滑り、体勢を崩した。
 好機とばかりに傷だらけのザクは、ジムに飛び掛ると真っ向に構えたヒート・ホー
クを振り下ろした。
 が。
 次の刹那、ザクの左腕がヒート・ホークごと爆裂し吹き飛んだ。
 衝撃に触発されたように、ジムが至近距離からの連続射撃を浴びせ掛ける。口径
100mmの鋼鉄のシャワーを浴びせられたザクは狂い踊るようにその身を震わせ――
大地に膝を着き、倒れ伏した。


「バカ野郎!何をやっとるか貴様はぁ!」
 ターゲットスコープを覗きながら、地球連邦軍アフリカ東部駐屯基地弟10機械化
混成部隊《ブルー・ベア》のケネス・マクファーレン軍曹は叱咤した。
『す、すいませんッ……!』
 倒れかけたジムのパイロット、ヘイ伍長の怯えた声がノイズ混じりの通信から聞こ
えてくる。ケネスは浅黒い顎に生えた無精髭を撫でながらしかめ面を作った。
(これだから最近の若い兵士ってのはは使い物にならん)
 軍曹の機体は主だった戦場から数キロメートル離れた位置に立っていた。《ブルー
・ベア》の他の隊員の乗るジムとほぼ同じだが、微妙な差異が見られる。何より違う
のは、右肩から生えた砲身。ジムキャノンと呼ばれるこのMSで援護射撃をするのが
彼の仕事だった。
(……まぁいい。残りは壊れかけのザク一機にマゼラトップ二台。決着はもう着いた
ようなもんだ)
 自分達の奇襲が成功した事と元よりの戦力差が重なって戦況は危なげ無く進んだ。
隊長のディビス少尉は優れた指揮官だし、アイシクル曹長は中隊屈指のMSパイロッ
トだ。新兵を連れての任務とはいえ多少のミスはカバーしてくれるだろう。
 などと思っていうるうちにロッソ伍長のジムがマゼラトップを撃墜。
「もう援護の必要も無いか」
 操縦席のシートに身を預けケネスは懐から軍支給の煙草を取り出し、一本口に咥
える。本来ならコックピット内の喫煙は禁止されているが、そんな軍規など糞食ら
えだった。煙草のひとつも吸えずして何の戦いか。
 しかしその時。
『新たなMS反応確認!』
 通信担当のムラチュク伍長の声が、スピーカーからがなりたてて来た。オイルライ
ターの蓋をすかさず閉じる。
「MSだと?位置と数は?」
『上空240―Aの5!敵の援軍と思われます!』
 どうやら一服はお預けのようだ。脇に除けていたスコープを覗き、座標から目標を
確認する。
 と、ケネスの耳に意外な通信が続いた。
『敵は、一機です!』
(一機?)
 ムラチュクの言葉に眉をひそめるケネス。大気中に散布されたミノフスキー粒子の
電波障害に対策して作られた通信車両からの情報だ。聞き間違いは無い。
「!あれか!?」
 雪の降る雲間から、熱核バーニアを吹かして1機のMSが降下して来るのがスコー
プに映った。
 通常機と彩色が違い、ザクのような指揮官機を表すアンテナも付いているが独特の
フォルムは間違えようが無い。
「ドムか!」
 なるほど、あの降下位置ならばジムの弾は届かないだろう。だが。
(俺がいたのが運の尽きだ)
 ケネスは口元を歪めた。
「一機とはな。よほど自分を過大評価しているのか……それとも俺たちを過小評価し
ているのか?」
 ひとりごちて照準をロックする。距離が離れている上、戦場から離れているせいだ
ろう。ドムからこちらは全くの死角になっている。
(照準良し【ロック・オン】……発射【スイッチ】!)
「ファイアー!」
 爆音の咆哮と共に大砲が火を吹き、コックピットが揺れる。
 殺意の塊が焼けた砲弾と化して放物線を描き飛翔する。それはドムの分厚い体躯に
食い込み、黒煙を伴って撃墜する――筈だった。
「……何!?」
 ケネスは目を見開いた。ジムキャノンの240mm弾は間違い無くドムを捕らえていた
はずだ。
 しかし。無防備な降下中に死角から放たれた砲弾が、すんでのところでかわされる
とは。
「バズーカの反動を、利用した……だと?」
 そう。ドムはとっさに手にしていた二連装の360mmバズーカを斉射し、その反動で
自機の位置を変えてケネスの狙撃を避けてみせたのだ。
 その呻きが終わらぬ内に、ケネス軍曹は爆音を耳にする。
「!?」
 右舷、待機していたムラチュク伍長達を乗せた通信装甲車両があった位置に火柱が
上がっている。そこはあのドムがバズーカを撃った地点でもあった。
(狙撃と回避を同時に行ったとでもいうのか!?可能なのか……そんな真似が!)
「ば、バカなッ。偶然に決まってる!」
 頭を振る軍曹をよそに、白銀の大地へとドムは強靭な脚部を立てて舞い降りた。
足元から噴出する熱核ジェットに雪が蒸発し、湯気が吹き上がる。
 その蒸気の中で、鈍い銀に染まったドムがおもむろにケネスのジムキャノンを振り
返る。肩越しに睨【ね】めつけるように、単眼【モノアイ】が赤く光った。
 偶然ではない。そう言っているのか。
 ケネスにはまるでそのドムが――自分に向けて嘲笑を浮かべている様に見えた。
コックピットの中だというのに、外の気温よりも冷たい汗が、ケネス軍曹の背中に
張り付くように滲み始めていた……。


 くすんだ金髪を短く刈り込んだロナウド・アイシクル曹長は、突然のケネス軍曹
からの通信に確認を返した。
「スモークシルバーのドムだと?」
『ああ。二連装のバズーカを持った指揮官【リーダー】機だ!そちらから見て五時の
方角から向かっている。只者じゃあない、気をつけろ!』
 ケネスの言葉を聞き終えて精悍な薄い唇を結ぶアイシクルに、別の通信が入った。
《ブルー・ベア》小隊長ディビス少尉の頑健な面構えがモニター上部に映った。
『曹長。今のを聞いたか?』
「確か、灰色の死神と呼ばれるジオン地上部隊のエースの話を聞いたことがありま
す。しかし、一機のみとは?」
 言い合う二人を余所に、新兵ヘイ伍長が忌々しげに言った。
『決まってるでしょう!俺たちを舐めてるんですよ。ふざけやがって――ムラチュ
ク達の仇だっ!』
「!待て、ヘイ!」
 ヘイ伍長のジムは、制止も聞かず後方に見えたドムに向かって駆け出した。


「く、く……まずはお前からやられたいって訳か」
 疾走するドムの中で、誰かが呟いた。


 巨大な銃口から閃光が連続させ、ジムの銃弾が火を吹いた。
「くたばれえぇぇぇ!!」
 あらん限りの怒声を搾り出しながら、ヘイは戦友を奪った敵を狙い打つ。だがドム
はその弾丸の中を難なく掻い潜り、一気にヘイのジムの真正面に間合いを詰めた。
「え?な……は、速……!」
 モニターに迫る不気味な十字の目に息を呑むヘイ。そしてドムの砲口がジムの腹
部、コックピットの直線上に重ねられた。


「悪いな」
 まるでMSを透してヘイの絶望に染まった顔が見えるように――ドムのパイロット
の唇が孤を描く。
 ジムと擦れ違い座間に放たれた砲弾は、正確にコックピットを直撃した。勢いも
そのままに、灰色のドムは雪を巻き上げながら残る三機のMS達へ滑って行く。
「雑魚にかまってる暇はないんでね」煙を噴いてくず折れるジムを振り返りもせず、
パイロットは言い捨てた。


「ヘイ!……くっ、やはり只のドムじゃない、か!」
 ビーム・スプレーガンを手にしたジムの中で歯噛みする男は《ブルー・ベア》隊長
、ディビス・バーミンガム少尉。三十半ばにさしかかろう精力漲る顔付きとは裏腹に
、頭髪の白髪の量は中隊一多い。だがMSの操縦はともかく、判断の早さにおいても
中隊で彼の右に出るものはいなかった。
「曹長!ロッソ軍曹!聞こえるな?挟撃して迎え撃つ!私とロッソは右へ、曹長は
左に展開!」
『了解!』
『おうっ!』
 各パイロットは指示通りに分かれて走りながら、接近するドムに斉射を仕掛ける。
 ジオン軍製高機動MSの傑作として名高いドム。その最大の特色は、既存のMS
の様に足で『歩く』のではなく熱核ジェットによる浮遊走行を可能としている点だ。
しかし《ブルー・ベア》の彼等とて新兵ばかりではない。ディビス少尉とてドムと
銃を交えた経験は一度二度ではないし、その速さも十分に理解しているつもり
だった。
 それでも、そのドムの前では動揺を隠せなかった。
 MS三機の繰り出すビームと100mm弾を、ジグザグに滑りつつかわしてのける灰色
のドム。その移動速度の速さもさることながらパイロットの腕に舌を巻かされる。
(あのドムがカスタムされている事は判る!しかしあの図体に掠らせもせんとは、
どういう反射神経をしているんだ!?)
『隊長ぉ!野郎、曹長を狙う気ですぜ!』
 ロッソ軍曹の野太い声がスピーカーからがなる。
「戦力を分散したのが間違いだったか!くっ、こんな奴と判っていれば……!」
 敵兵力が半数以下の場合、味方を分散させて応戦するのは戦術の基本だ。だが
今回は基本どおりの相手ではなかった。一機のみのアイシクル曹長のガンダムに
向けて、ドムは猛然と滑走する。
「曹長!」
 舌打ちしてビームスプレーガンを連発するディビスの方へ、ドムがバズーカを
発射。ディビス、ロッソは襲い来る砲弾を避けるが、360mmの巨大な砲弾の爆裂は
直撃を避けてなお地面を揺るがした。
 そして間髪入れずに二撃目の砲撃が飛来!体勢の崩れたジムの構えていたシール
ドが砕け、ディビスの体を衝撃が揺るがした。


『ぐぅっ、アイシクル曹長!?』
 ディビスの通信に答えようともせずにアイシクルは精悍な顔をモニターのドムに
向けていた。操縦桿を握りしめ、ゆっくりと呼気を吐き出す。
 アイシクルの機体は《ブルー・ベア》1機のみのガンダムだった。
 RX−79陸戦用ガンダムとRGM−79ジム。どちらも似たような体型の為に間違えや
すいが見分け方はいたって簡単だ。特徴は頭部、人間でいう顔にあたる部分。凸型
のセンサーが張り付いている方がジム。かたやガンダムは人間に似せたような二つ
目のデュアル・カメラセンサーを持っている。
 だが更に明快な分け方は――ガンダムの方が格段に性能が上だ、という事である。
 最新型のこの機体、本来ならば隊長のディビスが取るべき機体ではあったがアイ
シクルの操縦を見込んだディビスが自ら譲ったのだ。
 そしてアイシクルは名実共に《ブルー・ベア》のエースだった。
(速い……上に、恐ろしく勘がいい。銃はムダか。しかし移動速度はともかく距離
さえ詰めれば、基本性能でこのガンダムにかなうMSなど無い)


 前方の目標、見た事の無い連邦製MSがマシンガンを持ち替えるのを見、ドムの
パイロットは双眸を細めた。
「ほお。少しは出来そうだな」


(――勝負は一瞬だ)
 曹長のガンダムが空いた手で脚部から武器を抜いた。一見金属製の短い棒にしか
見えないその先端から赤い光の柱が迸る。
 MS本体の小型核融合炉と直結させたエネルギーによって形成されるビーム・
サーベルを小脇に締め、反対側の手でシールドを突き出すように構えるガンダム。
 1500メートル、1300メートル、1000メートル……ドムとの距離が次第に縮まって
ゆく。
 アイシクルが見ていたのは、ドムのリアクションのみ。そしてドムがバズーカを
向けた瞬間。
「ここだっ」
 アイシクルのガンダムは背中のバックパックと脚部のバーニアから熱核ジェット
の炎を吹き上げて、急激に前方の上空に舞い上がる!
 その爆発的な推進力はジムとは桁違いだ。並のパイロットならばそこで驚愕に
染まり、戦意を失っていたかもしれない。
 だが灰色のドムはあくまで冷静だった。突然のモーションにも難なく反応し、
照準を合わせて砲撃を放つ。
 爆炎と煙に包まれるガンダム。だがアイシクルは呟いた。「かかったな!」と。
 煙の中から無傷のガンダムが姿を見せた。
 アイシクルは空中で瞬時にシールドを手放し砲弾にぶつけて、更にバーニアを
吹かして上昇、爆発を避けたのだ。そして、それは前進するドムの真上を取る形に
なっていた。
(もらったッ)
 酷寒の大気を赤き光の曲線が裂き、ドムの脳天を真っ向に襲う。それはMSの
剛健な超硬スチール合金すらたやすく斬り断つ激熱の刃だ。
 しかし――刹那。
 ドムの《スカート》と呼ばれるMSの腰部アーマーの前部が捲れ上がった。そこに
増設されたバーニアが姿を覗かせて熱核ジェットを猛烈な勢いで噴出。加えてドムは
両足の踵を地面に擦り付ける、まるでアニメーション映画の動物キャラクターがする
ような格好で脚部バーニアを最大にして慣性を殺す。
 結果。
 突進していたドムは急激にバックステップするように後方に戻り――ガンダムの
ビーム・サーベルを空振りさせた。
「!?」
 必殺の一撃をかわされたアイシクルは死を覚悟し、覚悟しつつもその瞬間。
(……見事!)
 顔も知らぬジオンのパイロットに対して、彼は何故か――声にならぬ賛辞を送って
いた。
 そしてアイシクル曹長のガンダムが、ずん、と揺れる。
 ドムが抜き放ったヒート・サーベルは的確にガンダムのコックピットを貫いて
いた。


 朦朧とする意識の中で、ウノ少尉は目覚めた。
「…………ぁ、う……」
 頭を振って、思考を正常に戻そうと画策するが上手くいかない。
(自分は、何……を?)
 額に痛みが走り、そこを押さえる。だが被っていたヘルメットが邪魔をして上手く
触れない。前方の割れたフェイス部からようやく手を入れることが出来た。手を見る
と、手袋にべっとりと真紅が張り付いている。
(血、血だ。血……出血。そうだ。撃たれたんだ、敵MSに。敵……敵!?)
「はッ!」
 瞬時に意識が戻り、少尉は跳び起きた。
 そこは見慣れたザクの操縦席だ。しかしモニターにはひびが入り、壊れている機器
もある。
 そうだ。連邦のMS部隊が奇襲を掛けて来て、ザクで応戦したのだ。そしてジムの
射撃を喰らって、喰らって――そこからが思い出せない。自分は、自分は何故まだ生
きている?
 慌ただしく計器をいじる。損傷が酷く、ろくに動かないが、なんとかモニターだけ
映った。
「え」
 そこは惨憺たる光景が広がっていた。
 鉄屑とオイルと煙が散らばった雪の大地。そこにはただ『死』しかなかった。
 動くものなど虫すらいない。
 だがウノ少尉が声を漏らした訳はその惨状にではなかった。
 友軍のザクやマゼラアタック戦車の残骸は判る。あの劣勢で逆転を起こすのは
不可能だった。しかし。遼機に混じって野ざらしになっているジムやガンダムが
疑問を投げかけた。
(……連邦の奴等までが、何故やられている?)
 ずくん ずくんと鈍痛が脈打つ頭を押さえながら、ザクのモノアイを動かしモニ
ターを移動させる。腹這いの姿勢のままそうしていると、自機に接近してくるMS
の足音を聴き取り、ウノは戦慄した。
(まだ敵がいたのか!)
 索敵しているのか、悠々としたその足音にウノは耳を澄ます。モノアイを消して
やり過ごすべきか。
(この足音はジムのものじゃない)
 迷った結果、ウノ少尉はザクを振り向かせる事にした。
 ぐ ぐぐ
 ぎこちない動きで、ザクはなんとか倒れたまま音の方を向く。
 そして、それはそこに立っていた。
 見知ったそれとは違う、つや消しの銀色に配色されたドム。頭部にはザクの様な
ブレードアンテナが付いていた。右手には――引き千切ったジムの首を鷲掴みにして
いる。
 それは《ブルー・ベア》のケネス軍曹が乗っていたジムキャノンの頭部だったが、
ウノ少尉の知るところではなかった。
 その異様なドムはジムの頭を手放した。音を立てて生首の様なジムの頭部は雪に
埋もれる。
 痛みも忘れてウノは喉を鳴らした。
(し、死神……なのか)
 そう、そいつはまるでドムの姿をした死神そのものだった。
 ドムのモノアイがウノのザクを捉える。
 次は自分をやる気か?渇いた喉をまた鳴らす。冷や汗が滴る。
 しかしドムはモノアイを消し、排気の噴出音を立ててコックピットハッチを開い
た。中から出てきたのは鎌を持った髑髏ではなく、ジオンのノーマールスーツを着
けた大柄のパイロットだった。
 メットを小脇に抱えた男は、三十にも達しない若い男だった。モスグリーンの
垂れた前髪から覗く険しい目でザクを睨みつけ――ふいに口元を緩めると男は片手
を上げて敬礼して見せた。
「ジオン公国軍、バン・ドーン少佐。ただ今援軍に到着した」
 バン・ドーン。その名を聞いてウノはすぐさまハッチを開いた。
「……うっ、つぅ……」
 話そうとするが痛みが邪魔をして声にならない。
「おい、無茶をするな」
 しかし何とかウノはふらつきつつも、立ち上がってメットを外した。


 ジオンのエース《灰色の死神》ことバン・ドーン少佐はいささか呆れていた。
確かに上官である自分に対して返礼をするのは礼儀上当然の有様である。だが、
メットが割れ頭から出血している様な状態でまでする必要などない。
(くそ真面目な奴だな)
 と。淡い金色の髪がメットから零【こぼ】れた。垂れた前髪の向こうでバンは
片眉を上げる。女性兵【ウェーブ】だったとは。しかも年が若い。二十に届いて
いるのかどうか。
 血に濡れた額を押さえようともせずにメットを抱え込むと、女性パイロットは
姿勢を正し――正そうとして――操縦席に倒れこんだ。
 バンはすかさずドムの手に乗り、ザクのコックピットに跳び移る。
「おい」
 戦場で人間が死ぬのは当然だとバンは思っていたが、せっかく援軍に来たという
のに生き残りがいないというのは癪だった。女性兵の頬を軽く叩く。
「……ぁ、……す」
 白く色のついた吐息に混じって、か細い声がかすかに聞こえる。こうして近付い
てみると、かなり小柄な女だった。いぶかしんだバンは女性兵の口に耳を寄せて
みる。
 そして確かにこう聴き取った。
「じ、自分は……アフリカ東部方面第16部隊、隊長。ウノ・アンゼリカ少尉……
で、あります。……お会いできて……光、栄です……」
 面食らうバンがまさに空いた口を塞げないでいると、ウノ・アンゼリカと名乗っ
た少尉は指先をそろえた片手で敬礼して見せた。途端、意識を失ったらしく、静かに
うな垂れた。
「おい――こいつ、本気か?」
 どう評価して良いものか思案しつつ、具合を見る。傷は思ったより深くはなく
失神しているだけのようだ。すうすうと寝息を立てている少尉を見下ろして肩を
すくめる。
「しかも名前がアンゼリカ。天使【アンゼリカ】だと?死神の俺が天使を助けた
ってか。笑えもしないジョークだぜ」
 溜息をついて空を見上げるバン。ゆっくりと降る雪はやがてつもり、兵士の死体
もMSの残骸も全て包み込んでくれるのだろう。
 だが、バンは雪に包まれはしない。まだ埋もれるわけにはいかないのだ。自分は、
まだ生きているのだから。
 これからも、生きて闘っていかねばならないのだから。
 バンは長い息を吐く。それは白い蒸気となって空気を染める。
 音の無い世界で、白い自分の息を、バンはただ静かに見つめていた……。



 第一章   死神、現わる  了

 第二章   三つの白い悪魔  に続く



・あとがき
アフリカは南半球だから、11月には雪は降っていないんじゃあないか?
というご意見があるかもしれませんが、きっとコロニー落しのための異常気象か何かだと思われます。

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